・・・森の樹々が、木枯しに吹かれて一日一日、素肌をあらわし、魔法使いの家でも、そろそろ冬籠りの仕度に取りかかりはじめた頃、素張らしい獲物がこの魔法の森の中に迷い込みました。馬に乗った綺麗な王子が、たそがれの森の中に迷い込んで来たのです。それは、こ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ 風呂場を出ると、ひやりと吹く秋風が、袖口からすうと這入って、素肌を臍のあたりまで吹き抜けた。出臍の圭さんは、はっくしょうと大きな苦沙弥を無遠慮にやる。上がり口に白芙蓉が五六輪、夕暮の秋を淋しく咲いている。見上げる向では阿蘇の山がごうう・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・諸問題は、生のまま、いくらか火照った素肌の顔をそこに生真面目に並べている。 それが、却って、云うに云えない今日の新鮮さ、頼りふかい印象を与えているのは、どういうわけなのだろうか。 日本の民主化ということは、大したことであるという現実・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・西条エリは、白眼のきわだった目のまわりに暗い暈のかかったような、素肌に袷を着たような姿を撮され、私はその写真からもこの若い女優が今度の事に関りあったことに対しまだきまらない世間の人気や批判を人知れず気にしているらしい窶れを感じ、哀れに思った・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・けれども、けれども、私には、小さい島国の、黒い柔かい、水気豊かな春の土が、足の素肌に感じられる。抜けようとしても、抜けられない泥濘の苦しさと混乱を、此の両足に感じる。何処へ行っても、祖国が足の下にあるだろう、地球の果にまで走ろうとしても、祖・・・ 宮本百合子 「無題」
・・・なにがしという一人の家を囲みたるおり、鶏の塒にありしが、驚きて鳴きしに、主人すは狐の来しよと、素肌にて起き、戸を出ずる処を、名乗掛けて唯一槍に殺しぬ。六郎が父は、其夜酔臥したりしが、枕もとにて声掛けられ、忽ちはね起きて短刀抜きはなし、一たち・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫