・・・外の春日が、麗かに垣の破目へ映って、娘が覗くように、千代紙で招くのは、菜の花に交る紫雲英である。…… 少年の瞼は颯と血を潮した。 袖さえ軽い羽かと思う、蝶に憑かれたようになって、垣の破目をするりと抜けると、出た処の狭い路は、飛々の草・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・…… うの花にはまだ早い、山田小田の紫雲英、残の菜の花、並木の随処に相触れては、狩野川が綟子を張って青く流れた。雲雀は石山に高く囀って、鼓草の綿がタイヤの煽に散った。四日町は、新しい感じがする。両側をきれいな細流が走って、背戸、籬の日向・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・よろず屋の店と、生垣との間、逕をあまして、あとすべて未だ耕さざる水田一面、水草を敷く。紫雲英の花あちこち、菜の花こぼれ咲く。逕をめぐり垣に添いて、次第に奥深き処、孟宗の竹藪と、槻の大樹あり。この蔭より山道をのぼる。狭き土間、貧しき卓子に・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・青空、青山、正面の雪の富士山の雲の下まで裾野を蔽うといいます紫雲英と更めて吃驚したように言うんだね。私も、その日ほど夥しいのは始めてだったけれど、赤蜻蛉の群の一日都会に漲るのは、秋、おなじ頃、ほとんど毎年と云ってもいい。子供のうちから大好き・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
出典:青空文庫