・・・郷里以外の地で見聞きし、接触した人と人との関係や性格よりも、郷里で見るそれの方が、私には、より深い、細かい陰影までが会得されるような気がする。 が、それと共に、自然の風物もいまでは、痛く私の心を引く。絶対安静の病床で一カ月も米杉の板を張・・・ 黒島伝治 「海賊と遍路」
・・・と、それほど立入った細かい筋路がある訳では無いが、何となく和楽の満足を示すようなものが見える。その別に取立てて云うほどの何があるでも無い眼を見て、初めて夫がホントに帰って来たような気がし、そしてまた自分がこの人の家内であり、半身であると無意・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・蟻が塔を造るような遅たる行動を生真面目に取って来たのであるから、浮世の応酬に疲れた皺をもう額に畳んで、心の中にも他の学生にはまだ出来ておらぬ細かい襞が出来ているのであった。しかし大学にある間だけの費用を支えるだけの貯金は、恐ろしい倹約と勤勉・・・ 幸田露伴 「観画談」
十一月の半ば過ぎると、もう北海道には雪が降る。乾いた、細かい、ギリギリと寒い雪だ。――チヤツプリンの「黄金狂時代」を見た人は、あのアラスカの大吹雪を思い出すことが出来る、あれとそのまゝが北海道の冬である。北海道へ「出稼」に来た人達は冬・・・ 小林多喜二 「北海道の「俊寛」」
・・・事実上の細かい注意を残りなくお初から教えられたにしても、こんな時に母さんでも生きていて、その膝に抱かれたら、としきりに恋しく思った。いつものように学校へ行ってみると、袖子はもう以前の自分ではなかった。ことごとに自由を失ったようで、あたりが狭・・・ 島崎藤村 「伸び支度」
・・・スクリュウに捲き上げられ沸騰し飛散する騒騒の迸沫は、海水の黒の中で、鷲のように鮮やかに感ぜられ、ひろい澪は、大きい螺旋がはじけたように、幾重にも細かい柔軟の波線をひろげている。日本海は墨絵だ、と愚にもつかぬ断案を下して、私は、やや得意になっ・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・肌理の細かい女のような皮膚の下から綺麗な血の色が、薔薇色に透いて見える。黒褐色の服に雪白の襟と袖口。濃い藍色の絹のマントをシックに羽織っている。この画は伊太利亜で描いたもので、肩からかけて居る金鎖はマントワ侯の贈り物だという。」またいう、「・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・* ゴットフリード・ケラーとはどんな人かと思って小宮君に聞いてみると、この人はスイスチューリヒの生れで、描写の細かい、しかし抒情的気分に富んだ写実小説家だそうである。 哲学者の仕事に対する彼の態度は想像するに難くない。ロックやヒュー・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・そしてこういう声を出さずに口だけ動かす読み方では子音を発するに必要な細かい調節はよほど省略されている。云い換えてみると、ただ母音だけを出す真似をすれば歌の口調の特徴がかなりよく分るのである。 それでもし各種母音に相当する口腔の形状大小を・・・ 寺田寅彦 「歌の口調」
・・・た違って、もっときゃしゃな体の持主で、感じも瀟洒だったけれど、お客にお上手なんか言えない質であることは同じで、もう母親のように大様に構えていたのでは、滅亡するよりほかはないので、いろいろ苦労した果てに細かいことも考えるようになってはいたが、・・・ 徳田秋声 「挿話」
出典:青空文庫