・・・なんだか独立な自分というものは微塵に崩壊してしまって、ただ無数の過去の精霊が五体の細胞と血球の中にうごめいているという事になりそうであった。 この第三号の自画像はまずどうにか、こうにか仕上げてしまった。ほんとうの意味ではいつまでかかって・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・の問題として理論的にもかなりたびたび取り扱われたもので、工学上にもいろいろの応用のあるのはもちろんであるが、また一方では、平行山脈の生成の説明に適用されたり、また毛色の変わった例としては、生物の細胞組織が最初の空洞球状の原形からだんだんと皺・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・のみならず、焼かれた皮膚の局部では蛋白質が分解して血液の水素イオン濃度が変わったり、周囲に対する電位が変わったり、ともかくもその付近の細胞にとっては重大な事件が起こる。それが一つの有機体であるところの身体の全部にたとえ微少でもなんらかの影響・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・いう郷土的色彩の濃厚な怪談やおどけ話の奧の方にはわれらとは切っても切れない祖先の生活や思想で彩られた背景がはっきりと眺められるのであるから、こういう話を繰返し聞かされている間にわれわれの五体の幾億万の細胞の中に潜んでいる祖先の魂が一つ一つ次・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・しかしこの有機体の細胞であり神経であるところの審査員や出品者が全部入り代らない限りは、変化とは云うものの、むしろ同じものの相の変化であって、よもや本質の変化ではあるまい。それで今私が頭の中に有っている「帝展の心像」を取り出して、それについて・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・これらの読み物は自分の五体の細胞の一つずつに潜在していた伝統的日本人をよびさまし明るみへ引き出すに有効であった。「絵本西遊記」を読んだのもそのころであったが、これはファンタジーの世界と超自然の力への憧憬を挑発するものであった。そういう意味で・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・「遠い距離において、ある人の脳の細胞と、他の人の細胞が感じて一種の化学的変化を起すと……」「僕は法学士だから、そんな事を聞いても分らん。要するにそう云う事は理論上あり得るんだね」余のごとき頭脳不透明なるものは理窟を承わるより結論だけ・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・そして十力の金剛石は野ばらの赤い実の中のいみじい細胞の一つ一つにみちわたりました。 その十力の金剛石こそは露でした。 ああ、そしてそして十力の金剛石は露ばかりではありませんでした。碧いそら、かがやく太陽、丘をかけて行く風、花のそのか・・・ 宮沢賢治 「虹の絵具皿」
・・・さてどう云うわけで植物性のものが消化がよくないかと云えば蛋白質の方はどうもやっぱりその蛋白質分子の構造によるようでありますが脂肪の消化率の少いのはそれが多く繊維素の細胞壁に包まれている関係のようであります。どちらも次第に菜食になれて参ります・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・もう一つのコムソモール・ヤチェイカというのは、共産青年同盟細胞という意味である。 私は二つめの戸を入って行って、そこに書きものをしている若い婦人労働者に、「今日は」と云った。「私は日本からきたんですが、これをみて下さい」・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
出典:青空文庫