・・・裏は、人力車一台やっと通る細道が曲りくねって、真田男爵のこわい竹藪、藤堂伯爵の樫の木森が、昼間でも私に後を振返り振返りかけ出させた。 袋地所で、表は狭く却って裏で間口の広い家であったから、勝ち気な母も不気味がったのは無理のない事だ。又実・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・ 畑地の足のうずまる様なムクムクの細道をうつむいて歩きながら青い少し年には骨立った手を揉み合わせては頼りない様に口笛を吹いた。 畑の斜に下って居る桑の木の下に座って仙二は向うに働いて居る作男のくわの先が時々キラッキラッと黒土の間に光・・・ 宮本百合子 「グースベリーの熟れる頃」
・・・ そこから少し低くなっている彼方を見渡すと、白い小砂利を敷いた細道を越えた向うには、馬ごやしの厚い叢に縁取りされた数列の花床と、手入れの行き届いた果樹がある。 湿りけのぬけない煉瓦が、柔らかな赤茶色に光って見える建物の傍に、花をつけ・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ 何処へ行くと云う的もなく、二人は家の前の細道を曲って人通りの少ない坂を田圃の方へ下りて行った。 叔父はいつもの通り頭に繃帯をし、杖を持って居、私は、十位までよく着て居た赤地に細い白線で市松が小さく小さく切ってある遠方から見ると真赤・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・お汁の中の餅をありったけ食べつくしてから甚五郎は水口から井戸までの細道をつけ一通りぐるりを見廻ってから、手拭をもらって帰った。 それから後、引きつづき引きつづき有象無象が「悪いお天気でやんすない、お見舞に上りやしただ。と云って来た。・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・この雑誌には吉田絃二郎氏の氏らしい「奥の細道」註解が連載されていた。ここにあげた中の幾つかの句は「奥の細道」におさめられているものだが、芭蕉という芸術家が、日本の美感の一人の選手だから、教養の問題として、それがわからないというのはみっともな・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
・・・天気のよい日で、明るい往来に、実に尨大な石の布袋が空虚な大口をあけて立って居る傍から入ると、何処か、屋敷の塀に一方を遮られ、一方には小体な家々の並んだ細道は霜どけで、下駄が埋る有様である。 暫く行くと、古びた木の門が見えた。一方の柱に岡・・・ 宮本百合子 「又、家」
・・・ある主観的な点の強調からの恋愛論やその反駁、さもなければ、筆者自身が大いに自身の趣好にしたがって恋愛的雰囲気のうちに心愉しく漫歩して、あの小路、この細道をもと、煙草をくゆらすように連綿とみずから味っている恋愛論である。 私は一人の読者と・・・ 宮本百合子 「若き世代への恋愛論」
五月は爽快な男児。ぴちぴち若い体じゅうの皮膚を裸で、旗のような髪の毛を風にふき靡かせつつ、緑の小枝を振り廻し駈けて行く五月。新鮮に充実して浄き官能の輝く五月。 近い五月は横丁の細道にもある。家の塀について右へ一つ、もう・・・ 宮本百合子 「わが五月」
出典:青空文庫