・・・ 十幾本の鉤を凧糸につけて、その根を一本にまとめて、これを栗の木の幹に結び、これでよしと、四郎と二人が思わず星影寒き大空の一方を望んだ時の心持ちはいつまでも忘れる事ができません。 もちろん雁のつれるわけがないので、その後二晩ばかりや・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・結婚などというものは星の数ほどの相手の中から二人が選び出されて結び合うその契機の最大なものはこの縁であるといってよい。だから仏教には昔から合い難き師に合うとか、享け難き人身を享けてとか、百千万劫難遭遇の法を聴くとかいってこのかりそめならぬ縁・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・梅は実生からだと十年あまりかかって始めて花が咲き実を結びはじめる。が、樹齢は長い。古い大木となって、幹が朽ち苔が生えて枯れたように見えていても、春寒の時からまだまだ生きている姿を見せて花を咲かせる。 早生の節成胡瓜は、六七枚の葉が出る頃・・・ 黒島伝治 「短命長命」
・・・ここの別当橋立寺と予て聞けるはこれにやと思いつつ音ない驚かせば、三十路あまりの女の髪は銀杏返しというに結び、指には洋銀の戒指して、手頸には風邪ひかぬ厭勝というなる黒き草綿糸の環かけたるが立出でたり。さすがに打収めたるところありて全くのただ人・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・で食うは禽語楼のいわゆる実母散と清婦湯他は一度女に食われて後のことなり俊雄は冬吉の家へ転げ込み白昼そこに大手を振ってひりりとする朝湯に起きるからすぐの味を占め紳士と言わるる父の名もあるべき者が三筋に宝結びの荒き竪縞の温袍を纏い幅員わずか二万・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・おげんはそんな夫婦の間の不思議な結びつきを考えて悩ましく思った。婆やが来てそこへ寝床を敷いてくれる頃には、深い秋雨の戸の外を通り過ぎる音がした。その晩はおげんは娘と婆やと三人枕を並べて、夜遅くまで寝床の中でも話した。 翌日は小山の養子の・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・目には見えないくらい、ほんの少し動かしただけでしたが、ギンにはその片足の靴のひもが、さっきちらと見たように、ちがった結びかたがしてあるのが目につきました。ギンはやっとそれで見わけがついたので、「わかりました。この人です。」と、いさんでま・・・ 鈴木三重吉 「湖水の女」
・・・今夜、揚花火の結びとして、二尺玉が上るということになって居て、町の若者達もその直径二尺の揚花火の玉については、よほど前から興奮して話し合っていたのです。その二尺玉の花火がもう上る時刻なので、それをどうしてもお母さんに見せると言ってきかないの・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・木綿糸の結び玉や、毛髪や動物の毛らしいものや、ボール紙のかけらや、鉛筆の削り屑、マッチ箱の破片、こんなものは容易に認められるが、中にはどうしても来歴の分らない不思議な物件の断片があった。それからある植物の枯れた外皮と思われるのがあって、その・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・ 麻布に廬を結び独り棲むようになってからの事である。深夜ふと眼をさますと、枕元の硝子窓に幽暗な光がさしているので、夜があけたのかと思って、よくよく見定めると、宵の中には寒月が照渡っていたのに、いつの間にか降出した雪が庭の樹と隣の家の屋根・・・ 永井荷風 「西瓜」
出典:青空文庫