・・・このことを考えただけでも、日本の社会が絶大な犠牲を払って歩み初めた今日の意味はどんなに深いかが分る。 一九四七年七月十八日〔一九四七年十一月〕 宮本百合子 「あとがき(『幸福について』)」
・・・眼にはいかなる力を以ても争う事の出来ない絶大の権利をあくまで冷静に利用する神の影がさして、唇は開き、生の焔は今消ゆるかとばかりかすかにゆらめいて居る。 私はあまりの事にその手を取る事はどうしても出来なかった。破けそうな胸を両手で押えて氷・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・アメリカの正直な人々が自身の名誉ある民主主義の伝統を守るどのような能力を示すだろうかということに絶大の関心をもった。もしアメリカがその巨大な存在において民主性を喪ったなら、その腐敗は本質的にアメリカの社会の崩壊であるし、したがって世界の最大・・・ 宮本百合子 「現代史の蝶つがい」
・・・ うちの小さい甥は、フクチャンに絶大の親愛を傾けている。けれどもフクチャンの絵本はどうにも買ってやろうという気がしない。一頁をいくつにも区切って、新聞の絵の一コマの狭さのものがそのまま、ただびっしり詰められてあるきりで、ゆったりと心持ち・・・ 宮本百合子 「“子供の本”について」
・・・ 絶大な希望で彼女は出かけるのだ。私は、羨みながら机の前に遺っている。よほどして、日によると、数間彼方の釣堀から、遽しい呼び声が起る。「おーい、早く、バケツ」 私は、あわてふためいて台どころに降り、バケツに水を汲み込み、そとへ駆・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・ 私心ないと云う事、我見のないと云う事は、自分の持って居る或る箇性、人間性を、絶大なフ遍性と同一させた境地でございましょう。「我」と云う小さい境を蹴破って一層膨張した我ではございますまいか。その境で、人はもう、小さい「俺」や「私」やには・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ これ以外には決してないと思われる仕事に対して、たとい量は少く、範囲は狭くあろうとも、彼女の真面目さは絶大であった。徹頭徹尾一生懸命であった。 そして、些細な失策や、爪ずきには決してひるまない希望を持っていたのである。 けれども・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ 彼等、哀れな農民の上に運命の神は絶大の権威を持って居るのである。 泣く泣く堪えきれない不満を心に抱きながらも、暗い運命に随うよりほか仕方はないのである。 追いかけ追いかけの貧から逃れられない哀れな老爺が、夏の八月、テラテラとし・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ 妙な結婚なんぞして、母の絶大な幻滅の前へ二十一歳の私は確信ありげな顔つきで帰って来たのであった。結婚した人と母の気質も到って不調和で、母が遂に家から出て行けと業を煮やしたのも、今日になってみれば無理ないことであったと思う。 子供時・・・ 宮本百合子 「母」
・・・私共の魂に吹き込まれて生れて来たものが其を命じ、その命令の、その意向の絶大であると信ずるものによって動かされたいと思う。 尊敬すべき農夫は、決して土をうなう手練の巧妙と熟達とを、仲間に誇ろうとはしないだろう。土を鋤く事は、よい穀物を立派・・・ 宮本百合子 「一粒の粟」
出典:青空文庫