・・・ 満月ではなかったが、一点の曇りもない冴えた月夜で、丘の上から遠く望むと、見渡す果もなく一面に銀泥を刷いたように白い光で包まれた得もいわれない絶景であった。丁度秋の中頃の寒くも暑くもない快い晩で、余り景色が好いので二人は我知らず暫らく佇・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・私は、東北の生れであるが、咫尺を弁ぜぬ吹雪の荒野を、まさか絶景とは言わぬ。人間に無関心な自然の精神、自然の宗教、そのようなものが、美しい風景にもやはり絶対に必要である、と思っているだけである。 富士を、白扇さかしまなど形容して、まるでお・・・ 太宰治 「富士に就いて」
・・・あまりの絶景に恍惚として立ちも得さらず木のくいぜに坐してつくづくと見れば山更にしんしんとして風吹かねども冷気冬の如く足もとよりのぼりて脳巓にしみ渡るここちなり。波の上に飛びかう鶺鴒は忽ち来り忽ち去る。秋風に吹きなやまされて力なく水にすれつあ・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・そう云われている絶景である。ウラジ・カウカアズが、その起点となっているのであった。 一軒のホテルへ着いて顔を洗い、町へブラブラ出て見ると、チフリスもそうであったがここもまだ夏の夜である。白いルバーシカ姿の人だかりがある店先へ行って見ると・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
出典:青空文庫