・・・が、妙子は婆さんに頓着せず、おごそかに話し続けるのです。「お前は憐れな父親の手から、この女の子を盗んで来た。もし命が惜しかったら、明日とも言わず今夜の内に、早速この女の子を返すが好い」 遠藤は鍵穴に眼を当てたまま、婆さんの答を待って・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・しかし藤井は相不変話を続けるのに熱中していた。「和田のやつも女の前へ来ると、きっと嬉しそうに御時宜をしている。それがまたこう及び腰に、白い木馬に跨ったまま、ネクタイだけ前へぶらさげてね。――」「嘘をつけ。」 和田もとうとう沈黙を・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・赤坊の泣き続ける暗闇の中で仁右衛門が馬の背からどすんと重いものを地面に卸す音がした。痩馬は荷が軽るくなると鬱積した怒りを一時にぶちまけるように嘶いた。遙かの遠くでそれに応えた馬があった。跡は風だけが吹きすさんだ。 夫婦はかじかんだ手で荷・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・それを知りながらU氏は御祈祷を頼みにして、老母と二人の子供との生活を続けるために、勇ましく飽くまで働いた。そして病気が重ってから、なけなしの金を出してして貰った古賀液の注射は、田舎の医師の不注意から静脈を外れて、激烈な熱を引起した。そしてU・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・…… 夜は更けたが、寒さに震えるのではない、骨まで、ぐなぐなに酔っているので、ともすると倒りそうになるのを、路傍の電信柱の根に縋って、片手喫しに立続ける。「旦那、大分いけますねえ。」 膝掛を引抱いて、せめてそれにでも暖りたそうな・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・これに続ける六畳は、店と奥との中の間にて、土地の方言茶の室と呼べり。その茶の間の一方に長火鉢を据えて、背に竹細工の茶棚を控え、九谷焼、赤絵の茶碗、吸子など、体裁よく置きならべつ。うつむけにしたる二個の湯呑は、夫婦別々の好みにて、対にあらず。・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・お祖母さんは話を続ける。「実はと申すと、あなたのお母さん始め、私また民子の両親とも、あなたと民子がそれほど深い間であったとは知らなかったもんですから」僕はここで一言いいだす。「民さんと私と深い間とおっしゃっても、民さんと私とはど・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・もしある時期に達して小樅を斫り払ってしまうならば大樅は独り土地を占領してその成長を続けるであろうと。しかして若きダルガスのこの言を実際に試してみましたところが実にそのとおりでありました。小樅はある程度まで大樅の成長を促すの能力を持っておりま・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・それで私たちはお互いの名義の貯金帳を見せ合っただけで、また持ち続けることにしました。 翌る日の夕方の船で、秋山さんは九州へ発ちました。父や田所さんたちといっしょに天保山まで見送った私は、やがて父と二人で千日前の父の家へ行きました。歌舞伎・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・彼は祭りの太鼓の音のように、この音が気に入っていたらしく、彼自身太鼓たたきになったような気になったのか、この音楽的情熱を満足させるために、鼻血が出るまで打ち続けるのであった。 そして、この太鼓打ちの運動で腹の工合が良くなるのか、彼は馬の・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
出典:青空文庫