・・・それが二人の支那人を見ると、馬の歩みを緩めながら、傲然と彼に声をかけた。「露探か? 露探だろう。おれにも、一人斬らせてくれ。」 田口一等卒は苦笑した。「何、二人とも上げます。」「そうか? それは気前が好いな。」 騎兵は身・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ うっかり緩めた把手に、衝と動きを掛けた時である。ものの二三町は瞬く間だ。あたかもその距離の前途の右側に、真赤な人のなりがふらふらと立揚った。天象、地気、草木、この時に当って、人事に属する、赤いものと言えば、読者は直ちに田舎娘の姨見舞か・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・観音丸にちかづくものは櫓綱を弛めて、この異腹の兄弟の前途を危わしげに目送せり。 やがて遙に能生を認めたる辺にて、天色は俄に一変せり。――陸は甚だ黒く、沖は真白に。と見る間に血のごとき色は颯と流れたり。日はまさに入らんとせるなり。 こ・・・ 泉鏡花 「取舵」
・・・ と前後も忘れて身をあせるを、伝内いささかも手を弛めず、「はて、肯分のねえ、どういうものだね。」 お通は涙にむせいりながら、「ええ、肯分がなくッても可いよ、お放し、放しなってば、放しなよう。」「是非とも肯かなけりゃ、うぬ・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・田か畑か判らぬところ五六丁を過ぎ、薄暗い町を三十分程走って、車屋は車を緩めた。「此の辺が四ッ谷町でござりますが」「そうか、おれも実は二度ばかり来た家だがな、こう夜深に暗くては、一寸も判らん。なんでも板塀の高い家で、岡村という瓦斯燈が・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・彼は羨ましいような、また憎くもあるような、結局芸術とか思想とか云ってても自分の生活なんて実に惨めで下らんもんだというような気がされて、彼は歩みを緩めて、コンクリートの塀の上にガラスの破片を突立てた広い門の中をジロ/\横目に見遣りながら、歩い・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・そしてその補片が、耳を引っ張られるときの緩めになるにちがいないのである。そんなわけで、耳を引っ張られることに関しては、猫はいたって平気だ。それでは、圧迫に対してはどうかというと、これも指でつまむくらいでは、いくら強くしても痛がらない。さきほ・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
・・・そしてそこで何かを思いついたように、微笑でもってその緊張を弛めました。「シラノが月へ行く方法を並べたてるところがありますね。これはその今一つの方法ですよ。でも、ジュール・ラフォルグの詩にあるように哀れなるかな、イカルスが幾人も来・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・ 飛び下りる心構えをしていた脛はその緊張を弛めた。石垣の下にはコートのローラーが転がされてあった。自分はきょとんとした。 どこかで見ていた人はなかったかと、また自分は見廻して見た。垂れ下った曇空の下に大きな邸の屋根が並んでいた。しか・・・ 梶井基次郎 「路上」
・・・また特にフィルムの繰り出し方を早めあるいは緩めて見せる事によって色々の知識を授ける事が出来る。例えば植物の生長の模様、動物の心臓の鼓動、昆虫の羽の運動の仕方などがそうである。それよりも一層重要だと思うのは、万人の知っているべきはずの主要な工・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
出典:青空文庫