・・・ 何故其那に蓮の花なんぞ買いこんで来たんだよ、縁起がわるい!」 亭主は働きのない、蒼い輓い顔をした小男であった。「――俺そんなもの、買って来やしねえ」「うそ! 壁まで蓮の花だらけだよ。この人ったら」「買わねえよ――何云ってる・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・「高瀬舟」は、大正四年の作で、鴎外の歴史ものとしては、どれよりもはっきり、社会通念への疑問をテーマとしてかかれたものと思われる。「高瀬舟縁起」という文章で、鴎外は「翁草」によっているこの短い作の中に「二つの大きい問題が含まれていると思った」・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・読者は新年の初刊を看てここに至る時、縁起が悪いと云うかも知れない。しかし初春の狂言には曽我を演ずるを吉例としてある。曽我は敵討で、敵を討てば人死のあることを免れない。況や鴎外漁史は一の抽象人物で、その死んだのは、児童の玩んでいた泥孩が毀れた・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・「お前とこ、俺とこの母屋やないか、頼むで置かしてくれよ。」と安次は云った。「俺とこが母屋や?」「そうとも、誰なと聞いてみい。」「縁起たれの悪いこと云うてくれるな。手前とこは谷川って云うやら。俺とこは山本や。」 その時、秋・・・ 横光利一 「南北」
・・・その中には寺社の縁起物語の類が多く、題材は日本の神話伝説、仏典の説話、民間説話など多方面で、その構想力も実に奔放自在である。それらは、そういう寺社を教養の中心としていた民衆の心情を、最も直接に反映したものとして取り扱ってよいであろう。民俗学・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫