・・・ 途端に…… ざっざっと、あの続いた渦が、一ツずつ数万の蛾の群ったような、一人の人の形になって、縦隊一列に入って来ました。雪で束ねたようですが、いずれも演習行軍の装して、真先なのは刀を取って、ぴたりと胸にあてている。それが長靴を高く・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・……なんてこった、敵前でぼんやり腹を見せて縦隊行進をするなんて!」絶望せぬばかりに副官が云った。「中隊を止めて、方向転換をやらせましょうか。」 しかし、その瞬間、パッと煙が上った。そして程近いところから発射の音がひびいた。「お―・・・ 黒島伝治 「橇」
東京は、いま、働く少女で一ぱいです。朝夕、工場の行き帰り、少女たちは二列縦隊に並んで産業戦士の歌を合唱しながら東京の街を行進します。ほとんどもう、男の子と同じ服装をしています。でも、下駄の鼻緒が赤くて、その一点にだけ、女の・・・ 太宰治 「東京だより」
・・・ ざッざッざッという軍靴の響きと共に、君たち幹部候補生二百名くらいが四列縦隊で改札口へやって来た。僕は改札口の傍で爪先き立ち、君を捜した。君が僕を見つけたのと、僕が君を見つけたのと、ほとんど同時くらいであったようだ。「や。」「や・・・ 太宰治 「未帰還の友に」
・・・群集から少し離れた前面を二列に並んだ鳥の縦隊が歩調をそろえて進行するところがある。鳥はどういう気でなんのためにああいう事をやっているのか人間にはやはりわからない。 この映画を見た晩に宅へ帰って夕刊を見ると早慶三回戦だかのグラウンドの写真・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 向うの方から大勢の群集が不規則な縦隊を作って進んで来る。だんだん近づくのを見ると、行列の真先には牛や馬や驢馬や豚や鶏が来る。その後から人間の群がついて来る。四角な板に大きな文字で何かしら書いたのを旗のように押し立てている人もある。大き・・・ 寺田寅彦 「夢」
・・・した宿屋と宿屋との軒のあわいを、乗合自動車がすれすれに通るのであるから、太い木綿縞のドテラの上に小さい丸髷の後姿で、横から見ると、ドテラになってもなおその襟に大輪の黄菊をつけている一群は、あわてて一列縦隊をつくり、宿屋の店先へすりついて、の・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
出典:青空文庫