・・・ 自由意志と宿命と 兎に角宿命を信ずれば、罪悪なるものの存在しない為に懲罰と云う意味も失われるから、罪人に対する我我の態度は寛大になるのに相違ない。同時に又自由意志を信ずれば責任の観念を生ずる為に、良心の麻痺を免れるから・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・戦争は、――彼はほとんど戦争は、罪悪と云う気さえしなかった。罪悪は戦争に比べると、個人の情熱に根ざしているだけ、×××××××出来る点があった。しかし×××××××××××××ほかならなかった。しかも彼は、――いや、彼ばかりでもない。各師団・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・僕はあらゆる罪悪を犯していることを信じていた。しかも彼等は何かの機会に僕を先生と呼びつづけていた。僕はそこに僕を嘲る何ものかを感じずにはいられなかった。何ものかを?――しかし僕の物質主義は神秘主義を拒絶せずにはいられなかった。僕はつい二三箇・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・そして、有妻の男子が他の女と通ずる事を罪悪とし、背倫の行為とし、唾棄すべき事として秋毫寛すなき従来の道徳を、無理であり、苛酷であり、自然に背くものと感じ、本来男女の関係は全く自由なものであるという原始的事実に論拠して、従来の道徳に何処までも・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・ 語を寄す、天下の宗教家、渠ら二人は罪悪ありて、天に行くことを得ざるべきか。 泉鏡花 「外科室」
・・・人目を恐れる様になっては、もはや罪悪を犯しつつあるかの如く、心もおどおどするのであった。母は口でこそ、男も女も十五六になれば児供ではないと云っても、それは理窟の上のことで、心持ではまだまだ二人をまるで児供の様に思っているから、その後民子が僕・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ 多恨の詩人肌から亡朝の末路に薤露の悲歌を手向けたろうが、ツァールの悲惨な運命を哀哭するには余りに深くロマーノフの罪悪史を知り過ぎていた。が、同時に入露以前から二、三の露国革命党員とも交際して渠らの苦辛や心事に相応の理解を持っていても、双手・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・ 彼の都会に於て、虚栄の町に於て、もしくは富豪の家庭にて、潜在する如き幾多の虚偽と罪悪に満ちた生活には、外面は城壁で守られ、また剣で講られる必要があっても、内部に何の反撥する力というものが存在しない。一蹴すれば、蟻の塔のようにもろく壊れ・・・ 小川未明 「民衆芸術の精神」
・・・そこで武も隠居仕事の五円十円説では到底夫婦さし向かいの碁打ちを説き落とすことはできないと考え、今度は遊食罪悪説を持ち出して滔々とまくし立ててみた。 石井翁はさんざん徳さんの武に言わしておいたあげく、「それじゃ、山に隠れて木の実を食い・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・先生極真面目な男なので、俳句なぞは薄生意気な不良老年の玩物だと思っており、小説稗史などを読むことは罪悪の如く考えており、徒然草をさえ、余り良いものじゃない、と評したというほどだから、随分退屈な旅だったろうが、それでもまだしも仕合せな事には少・・・ 幸田露伴 「観画談」
出典:青空文庫