・・・家の者のいない隙に、手早く置手紙と形見の品物を取りまとめて机の引出しにしまった。クララの眼にはあとからあとから涙が湧き流れた。眼に触れるものは何から何までなつかしまれた。 一人の婢女を連れてクララは家を出た。コルソの通りには織るように人・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・と急に起上がって「紙と筆を借りるよ。置手紙を書くから」と机の傍に行った。 この時助が劇しく泣きだしたので、妻は抱いて庭に下りて生垣の外を、自分も半分泣きながら、ぶらぶら歩るいて児供を寝かしつけようとしていた。暫くすると急に母は大声で・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・モーパサンの小説に、或男が内縁の妻に厭気がさしたところから、置手紙か何かして、妻を置き去りにしたまま友人の家へ行って隠れていたという話があります。すると女の方では大変怒ってとうとう男の所在を捜し当てて怒鳴り込みましたので男は手切金を出して手・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・ はる子は、寒いような心の上に、異様に鮮やかな彼女の口元の印象をとめたまま、家に帰った。置手紙を見て、はる子はおどろいた。あれは、千鶴子が彼女のところへ来た帰りであったのだ。 彼女の不思議な特色をもって、再び千鶴子の、あの自らを・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
出典:青空文庫