・・・人の家の床の間に画幅の掛けられているのを見て、直にその家の主人を以て美術の鑑賞家となす事の当らざるに似ているであろう。世にはまた色紙短冊のたぐいに揮毫を求める好事家があるが、その人たちが悉く書画を愛するものとは言われない。 祖国の自然が・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・されど世に理窟をも感ぜず思想をも感ぜず詩歌をも感ぜず美術をも感ぜざるものあらば、そは正にこの輩なる事を忘るるなかれ。彼らの頭脳の組織は麁そこうにして覚り鈍き事その源因たるは疑うべからず」カーライルとショペンハウアとは実は十九世紀の好一対であ・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・しかしてこの一つの奇異なる事実――それが他人の趣味によつて選定されるといふこと――が、美術品や文学書の装幀に於ける最も興味ある哲学を語るものではないか。なぜといつて私の所有にかかはるところの油画は、それが他人の描いたものであるにかかはらず、・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
・・・是等は都て美術上の意匠に存することなれば、万事質素の教は教として、其質素の中にも、凡そ婦人たる者は身の装を工風するにも、貧富に拘わらず美術の心得大切なりとの一句を加えたきものなり。一 我里の親の方に私し夫の方の親類を次にすべから・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・一は智識を以て理会する学問上の穿鑿、一は感情を以て感得する美術上の穿鑿是なり。 智識は素と感情の変形、俗に所謂智識感情とは、古参の感情新参の感情といえることなりなんぞと論じ出しては面倒臭く、結句迷惑の種を蒔くようなもの。そこで使いなれた・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・日本の甲冑は美術的であろうというと、西洋の甲冑の方が美術的だという、一々衝突するから、同じ人間の感情がそれほど違うものかと、余り不思議に思ってつくづくと考えた。その内ふと俳句と比較して見てから大に悟る所があった。俳句に富士山を入れると俗な句・・・ 正岡子規 「画」
・・・「紹介状はありませんがたけしさんは今はずいぶん偉いですよ。美術学院の会員ですよ。」 狐の先生はいけませんというように手をふりました。「とにかく、紹介状はお持ちにならないですね。」「持ちません。」「よろしゅうございます。こ・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・次女モニカはハンガリーの美術史家の妻。三男ミハエルはヴァイオリニスト。末娘のエリザベート・マンがピアニストで、イタリーの反ファシスト評論家ボルゲーゼと結婚しているそうである。 内山氏の紹介によると、エリカ・マンは一九〇五年生れで、日本流・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・ ここは四方の壁に造りつけたる白石の棚に、代々の君が美術に志ありてあつめたまいぬる国々のおお花瓶、かぞうる指いとなきまで並べたるが、乳のごとく白き、琉璃のごとく碧き、さては五色まばゆき蜀錦のいろなるなど、蔭になりたる壁より浮きいでて美わ・・・ 森鴎外 「文づかい」
遠望であるから細かいところは見えないものと承知していただきたい。 ごく大ざっぱな観察ではあるが、美術院展覧会を両分している洋画と日本画とは、時を同じゅうして相並んでいるのが不思議に思えるほど、気分や態度を異にしている。もちろんそれ・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫