・・・ 本人始めての活版だし、出世第一の作が、多少上の部の新聞に出たことでもあれば、掲載済の分を、朝から晩まで、横に見たり、縦に見たり、乃至は襖一重隣のお座敷の御家族にも、少々聞えよがしに朗読などもしたのである。ところがその後になって聞いてみ・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・そうすれば先生のところから帰って来て後は直ぐ遊ぶことが出来るのですから、家の人達のまだ寝ているのも何も構うことは無しに、聞えよがしに復読しました。随分迷惑でしたそうですが、然し止せということも出来ないので、御母様も堪えて黙って居らしったそう・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・とおやじに聞えよがしに呟いて、自分で手洗いの水を両手で掬って来て、シャッシャと鉢にかける。身振りばかり大変で、鉢の木にかかる水はほんの二、三滴だ。ポケットから鋏を取り出して、チョンチョンと枝を剪って、枝ぶりをととのえる。出入りの植木屋かと思・・・ 太宰治 「禁酒の心」
・・・私の文学生活の始めから、おそらくはまた終りまで、ボオドレエルにだけ、ただ、かれにだけ、聞えよがしの独白をしていたのではないのか。「いま、日本に、二十七八歳のボオドレエルが生きていたら。」 私をして生き残させて居るただ一つの言葉である・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・とますます向側の婦人に聞えよがしである。自分だって読んだ事もないのに鉄道馬車の中なんかでよせば善いと思ったが、仕方がないからウンウンと生返事をしていた。やがてケニングトンに着た。ここで馬車を乗り換る。こんどは上へ上がろうと云うから階子を登っ・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
出典:青空文庫