・・・が、人生の説明者たり群集の木鐸たる文人はヨリ以上冷静なる態度を持してヨリ以上深酷に直ちに人間の肺腑に蝕い入って、其のドン底に潜むの悲痛を描いて以て教えなければならぬ。今日以後の文人は山林に隠棲して風月に吟誦するような超世間的態度で芝居やカフ・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・こういう厳粛な敬虔な感動はただ芸術だけでは決して与えられるものでないから、作者の包蔵する信念が直ちに私の肺腑の琴線を衝いたのであると信じて作者の偉大なる力を深く感得した。その時の私の心持は『罪と罰』を措いて直ちにドストエフスキーの偉大なる霊・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・言葉で現わされない人間の真相が躍然としてスクリーンの上に動いて観客の肺腑に焼き付くのであった。 こういう効果の中には自分自身でその場面に臨んだのではかえって得られないようなものも含まれていることを忘れてはならない。色彩と第三の空間次元を・・・ 寺田寅彦 「ニュース映画と新聞記事」
・・・古来、本当に人間の肺腑にふれた文学作品で、ただの持ち味だとか主観的な境地だとかをよりどころとしてかがまっていた作品は一つだって無いことを、誰しも読んで感じて来ているのである。それらの人々は、作家の現実にとび込んで描くと威勢よく云っても、只所・・・ 宮本百合子 「人生の共感」
・・・第二次大戦中の十月記念日に、メーデーに、スターリンがおくった激励の挨拶の、あの人間らしい暖かい具体性、肺腑にしみ入って人々にソヴェト市民たる価値と歓喜とを自覚させるあの雄勁なリズムは、ソヴェト市民が、誇りとするにたりない詩であるだろうか。雄・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・の内省と苦悩とが真に読者の肺腑をつく態の真摯な人間的情熱を欠いているところに、この作品の稀薄さが在るのである。 人道主義的なセンチメンタリズムを蹴たおして、仮借なく現実を踏み越えて生きようとする気組も、作品として十分の落付いた肉づけ、客・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・そして、読者の肺腑を貫いたであろう。 私たちにこれだけの思いを抱かせるのも、つまりは帝と中宮の絆が、軽薄な当時の常識から溢れ出ているからではないだろうか。権勢につき、それに媚びて情愛を移らせることが怪しまれなかったその頃の殿上の気風のま・・・ 宮本百合子 「山の彼方は」
・・・その尽きざる快楽の欣求を秘めた肺腑を持って咲くであろう。四騎手は血に濡れた武器を隠して笑うであろう。しかし我々は、彼らの手からその武器を奪う大いなる酒神の姿を何処で見たか。再び、彼らはその平和の殿堂で、その胎んだ醜き伝統の種子のために開戦す・・・ 横光利一 「黙示のページ」
出典:青空文庫