・・・まだ荒壁が塗りかけになって建て具も張ってない家に無理無体に家財を持ち込んで、座敷のまん中に築いた夜具や箪笥の胸壁の中で飯を食っている若夫婦が目についたりした。 新開地を追うて来て新たに店を構えた仕出し屋の主人が店先に頬杖を突いて行儀悪く・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・北側の胸壁にもたれて見下ろす。巡査が一人道側へ立って警戒している。何の警戒か分からぬ。しかし何かを警戒していることは分かる。 H首相が入院していた時の物々しい警戒を思い出す。悪いことをしないものは恐ろしくて通れなかった。 昔の医科大・・・ 寺田寅彦 「病院風景」
・・・ ヘルマンの教室を出て右を見ると河向いにウィルヘルム一世記念碑のうしろの胸壁の裏側が見える。河岸に沿うて二町くらい歩くと王宮橋の西詰に出る。それを左へ曲るとウンテルデンリンデンですぐ右側の角がツォイクハウス、次が番兵屯所、その次が大学で・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・の御機嫌は損ずべからずとして、上下尊卑の分を明らかにし、例の内行禁句の一事に至りては、言の端にもこれをいわずして、家内、目を以てするの家風を養成すること最も必要にして、この一策は取りも直さず内行防禦の胸壁とも称すべきものなり。 およそ人・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・作家としての自分が従来の作品の文学性の砦の胸壁のようにそこへ胸をもたせかけて来ていた人情というものをその現実のありようの多面のままにどこまでさわり以上のものとして発展させてゆくか。云ってみれば、これまでの自分にいかに幻滅し得る勇気をもってい・・・ 宮本百合子 「地の塩文学の塩」
出典:青空文庫