・・・博士の、静粛な白銀の林の中なる白鷺の貴婦人の臨月の観察に、ズトン! は大禁物であるから、睨まれては事こわしだ。一旦破寺――西明寺はその一頃は無住であった――その庫裡に引取って、炉に焚火をして、弁当を使ったあとで、出直して、降積った雪の森に襲・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・「家内は臨月の身なのにこの十五日にパリを去らなければならない。しかも僕は家内が出発するに必要な金や、当地に移って来るに必要な費用をどう才覚すべきか分らないのだ。」マルクス一家にとって辛酸な一八五〇年代が始まった。 五 ・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・ アガーシャ小母さんは、革命前からもう三十五年もこの煙草工場で働いている。臨月まで働いていて工場の仕事台の下にぶっ倒れ、そのままそこへ赤坊を生んだことさえある。もう年金を貰って楽に暮せる年だが、ソヴェトの世の中になって今こそやっと機械は・・・ 宮本百合子 「ソヴェト同盟の三月八日」
・・・伊織は、丁度妊娠して臨月になっているるんを江戸に残して、明和八年四月に京都へ立った。 伊織は京都でその年の夏を無事に勤めたが、秋風の立ち初める頃、或る日寺町通の刀剣商の店で、質流れだと云う好い古刀を見出した。兼て好い刀が一腰欲しいと心掛・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
出典:青空文庫