・・・ 三郎は階下の台所に来て、そこに働いているお徳にまで自慢して聞かせた。 ある日、この三郎が私のところへ来て言った。「とうさん、僕の鶯をきいた? 僕がホウヽホケキョとやると、隣の家のほうでもホウヽホケキョとやる。僕は隣の家に鶯が飼・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・というかなり有名らしい同人雑誌の仲間ではあり、それにまた兄には、その詩がとても自慢のものらしく、町の印刷所で、その詩の校正をしながら、「あかいカンナの花でした。私の心に似ています。」と、変な節をつけて歌い出す仕末なので、私にもなんだか傑作の・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・日本にたった二つとか三つとかしかない珍しい標本をいくつか持っているという自慢を聞かされない学生はなかったようである。服装なども無頓着であったらしく、よれよれの和服の着流しで町を歩いている恰好などちょっと高等学校の先生らしく見えなかったという・・・ 寺田寅彦 「埋もれた漱石伝記資料」
・・・太十は指で弾いて見て此は甘いと自慢をいいながらもいで来ることもあった。暑い日に照られて半分は熱い西瓜でもすぐに割られるのであった。太十の鬱いで居る容子は対手にもわかった。「おっつあんどうかしやしめえ」 対手は聞いた。太十は少時黙って・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・僕は自慢じゃないが文学者の名なんかシェクスピヤとミルトンとそのほかに二三人しか知らんのだ」 津田君はこんな人間と学問上の議論をするのは無駄だと思ったか「それだから宇野の御嬢さんもよく注意したまいと云う事さ」と話を元へ戻す。「うん注意・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・などと言って自慢するのでした。 ところがその次の年はそうは行きませんでした。植え付けのころからさっぱり雨が降らなかったために、水路はかわいてしまい、沼にはひびが入って、秋のとりいれはやっと冬じゅう食べるくらいでした。来年こそと思っていま・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・ ドン国立煙草工場には自慢の托児所があり二百七十人ぐらいの子供の世話をやいている。私が行ったとき、托児所の庭の青々と茂った夏の楡の樹の下にやや年かさの女が三つばかりの男の子を抱き、金髪の若々しい母親が白い服を着せた生れたばかりの赤児を抱・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・けれど今あからさまにその性質を言おうなら、なるほど忍藻はかなり武芸に達して、一度などは死にかかっている熊を生捕りにしたとて毎度自慢が出たから、心も十分猛々しいかと言うに全くそうでもない。その雄々しく見えるところはただ時々の身の挙動と言葉のあ・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・秋三は山から下ろして来た椚の柴を、出逢う人々に自慢した。 そして、家に着くと、戸口の処に身体の衰えた男の乞食が、一人彼に背を見せて蹲んでいた。「今日は忙しいのでのう、また来やれ。」 彼が柴を担いだまま中へ這入ろうとすると、「・・・ 横光利一 「南北」
・・・法螺ふきをそしるとか、自慢話を言いけすとかというのは、正当な批判であって、そねみや卑しめではない。そねむのは優れた価値を引きおろすことであり、卑しめるのは人格に侮蔑を加えることであって、いずれも道義的には最も排斥さるべきことである。 第・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫