・・・と同時に悪魔もまた宗徒の精進を妨げるため、あるいは見慣れぬ黒人となり、あるいは舶来の草花となり、あるいは網代の乗物となり、しばしば同じ村々に出没した。夜昼さえ分たぬ土の牢に、みげる弥兵衛を苦しめた鼠も、実は悪魔の変化だったそうである。弥兵衛・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・その又端巾は言い合せたように細かい花や楽器を散らした舶来のキャラコばかりだった。 或春先の日曜の午後、「初ちゃん」は庭を歩きながら、座敷にいる伯母に声をかけた。「伯母さん、これは何と云う樹?」「どの樹?」「この莟のある樹。」・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・ 仁右衛門がこの農場に這入った翌朝早く、与十の妻は袷一枚にぼろぼろの袖無しを着て、井戸――といっても味噌樽を埋めたのに赤あかさびの浮いた上層水が四分目ほど溜ってる――の所でアネチョコといい慣わされた舶来の雑草の根に出来る薯を洗っていると、・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ジムというその子の持っている絵具は舶来の上等のもので、軽い木の箱の中に、十二種の絵具が小さな墨のように四角な形にかためられて、二列にならんでいました。どの色も美しかったが、とりわけて藍と洋紅とは喫驚するほど美しいものでした。ジムは僕より身長・・・ 有島武郎 「一房の葡萄」
・・・震災後も引続き、黒塀の奥深く、竹も樹も静まり返って客を受けたが、近代のある世態では、篝火船の白魚より、舶来の塩鰯が幅をする。正月飾りに、魚河岸に三個よりなかったという二尺六寸の海老を、緋縅の鎧のごとく、黒松の樽に縅した一騎駈の商売では軍が危・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・晩年には益々昂じて舶来の織出し模様の敷布を買って来て、中央に穴を明けてスッポリ被り、左右の腕に垂れた個処を袖形に裁って縫いつけ、恰で酸漿のお化けのような服装をしていた事があった。この服装が一番似合うと大に得意になって写真まで撮った。服部長八・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・手術と決ってはいたが、手術するまえに体に力をつけておかねばならず、舶来の薬を毎日二本ずつ入れた。一本五円もしたので、怖いほど病院代は嵩んだのだ。蝶子は派出婦を雇って、夜の間だけ柳吉の看病してもらい、ヤトナに出ることにした。が、焼石に水だった・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・礼ちゃんが新橋の勧工場で大きな人形を強請って困らしたの、電車の中に泥酔者が居て衆人を苦しめたの、真蔵に向て細君が、所天は寒むがり坊だから大徳で上等飛切の舶来のシャツを買って来たの、下町へ出るとどうしても思ったよりか余計にお金を使うだの、それ・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・正木大尉は舶来の刻煙草を巻きに来ることもあるが、以前のようにはあまり話し込まない。幹事室の方に籠って、暇さえあれば独りで手習をした。桜井先生は用にだけ来て、音吉が汲んで出す茶を飲んで、復た隣の自分の室の方へ行った。受持の時間が済めば、先生は・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・そうして、西洋の芸術理論家は、こういうものの存在を拒絶した城郭にたてこもって、その城郭の中だけに通用する芸術論を構成し祖述し、それが東洋に舶来し、しかも誤訳されたりして宣伝されることもあるであろう。 四十年前の田舎の亀さんはやはりいちば・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
出典:青空文庫