・・・月見なり、花見なり、音楽舞踏なり、そのほか総て世の中の妨げとならざる娯しみ事は、いずれも皆心身の活力を引立つるために甚だ緊要のものなれば、仕事の暇あらば折を以て求むべきことなり。これを第五の仕事とすべし。 右の五ヶ条は、いやしくも人間と・・・ 福沢諭吉 「家庭習慣の教えを論ず」
・・・鬱散養生とあれば花見も宜し湯治も賛成なり、或は集会宴席の附合も自から利益なれども、其外出するや子供を家に残して夫婦の留守中、下女下男の預りにて、初生児は無理に牛乳に養わるゝと言う。恰も雇人に任せたる蚕の如し。其生育如何は自問して自答に難から・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・、十余句を挙ぐれば木瓜の陰に顔たくひすむ雉かな釣鐘にとまりて眠る胡蝶かなやぶ入や鉄漿もらひ来る傘の下小原女の五人揃ふて袷かな照射してさゝやく近江八幡かな葉うら/\火串に白き花見ゆる卓上の鮓に眼寒し観魚亭夕・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・家を出でて土筆摘むのも何年目病床を三里離れて土筆取 それから更に嬉しかったことは、その次の日曜日にまた碧梧桐が家族と共に向島の花見に行くというので、母が共に行かれたことである。花盛りの休日、向島の雑鬧は思いやられるので、・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・それで日本人ならば、ちょうど花見とか月見とか言う処を、蛙どもは雲見をやります。「どうも実に立派だね。だんだんペネタ形になるね。」「うん。うすい金色だね。永遠の生命を思わせるね。」「実に僕たちの理想だね。」 雲のみねはだんだん・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・ 幾人もの女中にかこまれて心配な事と云えばお花見の前の空模様ぐらい、それは、幸にくらして居る。 名も同じ年頃も同じ娘でありながらどうしてこう二人の身の上はちがうだろうと私は不思議でならない。父親がしっかりしないため、それは云わずと知・・・ 宮本百合子 「同じ娘でも」
・・・これだけの人数が、みんな一ヵ月世帯主三〇〇円、家族数一人につき一〇〇円ずつの預金をどこからか下げて、あらゆる三倍ずつの生計費をまかなって暮し、花見をして、上機嫌で平和の春がうたえるものだと、かりそめにも思うものは無い。 労働法が出来たけ・・・ 宮本百合子 「現実の必要」
・・・――それに友達が来るしね、仕舞いには皆が便宜を計ってくれてね、会計に居た津田なんて男――大胆な、悪賢い人でしたが、随分危険な真似するのよ、津田さんお花見に行きたいんだが金を都合して来て下さい、十五円て云うとね、うん、よしって、社の方へ沢山為・・・ 宮本百合子 「斯ういう気持」
・・・ 夥しい群集に混ってそこを出、買物してから花見小路へ来かかると、夜の通りに一盛りすんだ後の静けさが満ちていた。大きな張りぬきの桜の樹が道に飾りつけてあり、雪洞の灯が、爛漫とした花を本もののように下から照している。 一台の俥が勢よく表・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・桜の花もないことはありませんが、あっちの人は桜と云う木は桜ん坊のなる木だとばかり思っていますから、花見はいたしません。ベルリンから半道ばかりの、ストララウと云う村に、スプレエ川の岸で、桜の沢山植えてある所があります。そこへ日本から行っている・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫