・・・そして、有妻の男子が他の女と通ずる事を罪悪とし、背倫の行為とし、唾棄すべき事として秋毫寛すなき従来の道徳を、無理であり、苛酷であり、自然に背くものと感じ、本来男女の関係は全く自由なものであるという原始的事実に論拠して、従来の道徳に何処までも・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・あまり職掌を重んじて、苛酷だ、思い遣りがなさすぎると、評判の悪いのに頓着なく、すべ一本でも見免さない、アノ邪慳非道なところが、ばかにおれは気に入ってる。まず八円の価値はあるな。八円じゃ高くない、禄盗人とはいわれない、まことにりっぱな八円様だ・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・そして、今、尚お、個人を責めるに苛酷なのではなかろうか。法律がそうであり、教育がそうであり、そして、文芸が、また、そうなのである。しかし、子供の姿を見た者は、疑わずにはいられない。人間から、この純真と無邪気さとを奪ったものは、いったい誰なの・・・ 小川未明 「人間否定か社会肯定か」
・・・僕には、ぎりぎりに苛酷の秩序が欲しいのだ。うんと自分を、しばってもらいたいのだ。僕たちは、みんな、戦争に行きたくてならないのだよ。生ぬるい自由なんて、飼い殺しと同じだ。何も出来やしないじゃないか。卑屈になるばかりだ。銃後はややこしくて、むず・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・かつて叡智に輝やける眉間には、短剣で切り込まれたような無慙に深い立皺がきざまれ、細く小さい二つの眼には狐疑の焔が青く燃え、侍女たちのそよ風ほどの失笑にも、将卒たちの高すぎる廊下の足音にも、許すことなく苛酷の刑罰を課した。陰鬱の冷括、吠えずし・・・ 太宰治 「古典風」
・・・事実は、或いは、もっと苛酷な状態であるかも知れない。同じ芸術家仲間に於いてすら、そうである。謂わんや、ふるさとの人々の炉辺では、辻馬の家の末弟は、東京でいい恥さらしをしているそうだのう、とただそれだけ、話題に上って、ふっと消え、火を掻き起し・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・また社会一般から云うと、すでにこういう風な模範的な間然するところなき忠臣孝子貞女を押し立てて、それらの存在を認めるくらいだから、個人に対する一般の倫理上の要求はずいぶん苛酷なものである。また個人の過失に対しては非常に厳格な態度をもっている。・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・謹んで筆鋒を寛にして苛酷の文字を用いず、以てその人の名誉を保護するのみか、実際においてもその智謀忠勇の功名をば飽くまでも認る者なれども、凡そ人生の行路に富貴を取れば功名を失い、功名を全うせんとするときは富貴を棄てざるべからざるの場合あり。二・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・ 戦争中の日本政府のとりしまりは法外に苛酷非条理であったから、ツルゲネフやマクシム・ゴーリキイについて書かれた文章は、これまで、どっさり伏字があった。それらの伏字はこんどすっかり埋められた。その点から云えば、これらの文章も今度はじめて本・・・ 宮本百合子 「あとがき(『作家と作品』)」
・・・定めは、種々の場合に変革をうけ、そこには苛酷な制裁や、意外の寛大があった。集団して生きる部族の政治は、ひとかたまりに生きてゆくやりかた、としてはじまって、やがて階級分化を行った人の集団と集団間のいきさつとなっていった。生きてゆくやりかた、の・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
出典:青空文庫