・・・また何かと尋ねて見ても、数馬は苦笑いを致すよりほかに返事を致さぬのでございまする。わたくしはやむを得ませぬゆえ、無礼をされた覚えもなければ詫びられる覚えもなおさらないと、こう数馬に答えました。すると数馬も得心したように、では思違いだったかも・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・フランシスはやがて自分の纏ったマントや手に持つ笏に気がつくと、甫めて今まで耽っていた歓楽の想出の糸口が見つかったように苦笑いをした。「よく飲んで騒いだもんだ。そうだ、私は新妻の事を考えている。しかし私が貰おうとする妻は君らには想像も出来・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・と俯向いて苦笑い。「見たが可い、ベソちゃんや。」 と思わず軽く手をたたく。「だって、だって、何だ、」 と奴は口惜しそうな顔色で、「己ぐらいな年紀で、鮪船の漕げる奴は沢山ねえぜ。 ここいらの鼻垂しは、よう磯だって泳げよ・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ やがて、つくづくと見て苦笑い、「ほほう生れかわって娑婆へ出たから、争われねえ、島田の姉さんがむつぎにくるまった形になった、はははは、縫上げをするように腕をこうぐいと遣らかすだ、そう、そうだ、そこで坐った、と、何ともないか。」「・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ その蜘蛛の巣を見て、通掛りのものが、苦笑いしながら、声を懸けると、……「違います。」 と鼻ぐるみ頭を掉って、「さとからじゃ、ははん。」と、ぽんと鼻を鳴らすような咳払をする。此奴が取澄ましていかにも高慢で、且つ翁寂びる。争わ・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・お町の後から、外套氏は苦笑いをしながら、その蓮根問屋の土間へ追い続いて、「決して威す気で言ったんじゃあない。――はじめは蛇かと思って、ぞっとしたっけ。」 椎の樹婆叉の話を聞くうちに、ふと見ると、天井の車麩に搦んで、ちょろちょろと首と・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ とむッつりした料理番は、苦笑いもせず、またコッツンと煙管を払く。「それだもんですから、伊那の贔屓をしますの――木曾で唄うのは違いますが。――(伊那や高遠へ積み出す米は、みんな木曾路――と言いますの。」「さあ……それはどっちにし・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・と挨拶すると、沼南は苦笑いして、「この家も建築中から抵当に入ってるんです」といった。何の必要もないのにそういう世帯の繰廻しを誰にでも吹聴するのが沼南の一癖であった。その後沼南昵近のものに訊くと、なるほど、抵当に入ってるのはホントウだが、これ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・といつもにもないことを言う。「どうかしたんですか。」と私も怪しむと、「なあにね、いろんな事を考えこんでしまって、変な気持になったのさ。」と苦笑いをして、「君は幾歳だったっけね。」「十九です。」「じゃ来年は二十だ。私なんか・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・と男は思わず目を見張って顔を見つめたが、苦笑いをして、「笑談だろう?」「あら、本当だよ。去年の秋嫁いて……金さんも知っておいでだろう、以前やっぱり佃にいた魚屋の吉新、吉田新造って……」「吉田新造! 知ってるとも。じゃお光さん、本当か・・・ 小栗風葉 「深川女房」
出典:青空文庫