・・・「叡智は悪徳である。けれども作家は、これを失ってはならぬ。」 太宰治 「女人創造」
・・・あたりまえの、世間の戒律を、叡智に拠って厳守し、そうして、そのときこそは、見ていろ、殺人小説でも、それから、もっと恐ろしい小説を、論文を、思うがままに書きまくる。痛快だ。鴎外は、かしこいな。ちゃんとそいつを、知らぬふりして実行していた。私は・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・そいつを整理し、統一して、行為に移すのには、僕は、やっぱり教養が、必要だと思う。叡智が必要だと思う。山中の湖水のように冷く曇りない一点の叡智が必要だと思う。あのひとには、それがないから、いつも行為がめちゃめちゃだ。たとえば、君のような男にみ・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・従だのも、案外あてにならない贋物で、内実は私も知覚、感触の一喜一憂だけで、めくらのように生きていたあわれな女だったのだと気附いて、知覚、感触が、どんなに鋭敏だっても、それは動物的なものなのだ、ちっとも叡智と関係ない。全く、愚鈍な白痴でしか無・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・まかり間違って―― マンネリズム 私は、叡智のむなしさに就いて語った。言いかえれば、作家が、このような感想を書きつづることのナンセンスに触れた。「もの思う葦。」と言い、「碧眼托鉢。」と言うも、これは、遁走の一方便にす・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・美と叡智とを規準にした新しい倫理を創るのだ。美しいもの、怜悧なるものは、すべて正しい。醜と愚鈍とは死刑である。そうして立ちあがったところで、さて、私には何が出来た。殺人、放火、強姦、身をふるわせてそれらへあこがれても、何ひとつできなかった。・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・彼等は全く動物の叡智を持つてる。その不可思議な独特の叡智によつて、彼等はボードレエルを嗅ぎつけ、ドストイェフスキイを嗅ぎつけ、象徴派の詩を嗅ぎつけ、自然主義の文学を嗅ぎつけた。しかし流石にその智慧だけでは、ニイチェを嗅ぎつけることが出来ない・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・深い深い人間叡智と諸情感の動いてやまない美を予感する。なぜならば、人類の歴史は常に個人の限界をこえて前進するものである。文学の創造というものが真実人類的な美しい能動の作業であるならば文学に献身するというその人の本性によって、人類、社会が合理・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第九巻)」
・・・それを外部に示さずに耐えている態度に叡智があるという風に処していたことも分る。ゲーテが現実生活に処して行ったようなやりかたを鴎外は或る意味での屈伏であるとは見ず、その態度にならうことは、いつしか日本の鴎外にとっては非人間的な事情に対してなす・・・ 宮本百合子 「鴎外・漱石・藤村など」
・・・悧巧に、経済状態を考え、子等さえ過剰にしなければ、自分の情慾に、何のはじも感じないでよい、というような、物の考えかたを根本から立てなおす為、私共は、力のかぎり、あきらかな光明と、素朴な叡智とをのぞみ、求めて行かなければならないのです。平静に・・・ 宮本百合子 「男…は疲れている」
出典:青空文庫