・・・ただそのながらみ取りと夫婦約束をしていたこの町の達磨茶屋の女だったんです。それでも一時は火が燃えるの人を呼ぶ声が聞えるのって、ずいぶん大騒ぎをしたもんですよ。」「じゃ別段その女は人を嚇かす気で来ていたんじゃないの?」「ええ、ただ毎晩・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・と言うのは亜鉛屋根に青ペンキを塗った達磨茶屋です。当時は今ほど東京風にならず、軒には糸瓜なども下っていたそうですから、女も皆田舎じみていたことでしょう。が、お松は「青ペン」でもとにかく第一の美人になっていました。もっともどのくらいの美人だっ・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・ いつぞやらん、その松任より、源平島、水島、手取川を越えて、山に入る、辰口という小さな温泉に行きて帰るさ、件の茶屋に憩いて、児心に、ふと見たる、帳場にはあらず、奥の別なる小さき部屋に、黒髪の乱れたる、若き、色の白き、痩せたる女、差俯向き・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・人の知った名水で、並木の清水と言うのであるが、これは路傍に自から湧いて流るるのでなく、人が囲った持主があって、清水茶屋と言う茶店が一軒、田畝の土手上に廂を構えた、本家は別の、出茶屋だけれども、ちょっと見霽の座敷もある。あの低い松の枝の地紙形・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・それから比べると、文壇では大家ではないが、或る新聞小説家が吉原へ行っても女郎屋へ行かずに引手茶屋へ上って、十二、三の女の子を集めてお手玉をしたり毬をついたりして無邪気な遊びをして帰るを真の通人だと称揚していた。少くも緑雨は遊ぶ事は遊んでもこ・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・と、それから今の女の教育が何の役にも立たない事、今の女の学問が紅白粉のお化粧同様である事、真の人間を作るには学問教育よりは人生の実際の塩辛い経験が大切である事、茶屋女とか芸者とかいうような下層に沈淪した女が案外な道徳的感情に富んでいて、率と・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ 牛は、穏やかな大きな目をみはって、遠方の日の光に照らされて暑そうな景色を見ていましたが、からすが頭の上でこう問いますと、「俺の主人は、あちらの茶屋で昼寝をしているのだ。」と答えました。 これを聞くとからすは、「なんて人間と・・・ 小川未明 「馬を殺したからす」
・・・ 崖の上に一軒のみすぼらしい茶屋があった。渋温泉に来た客は、此の地獄谷へ来るものはあっても、稀にしか崖を上って此の茶屋で休むものはなかろう。其の少ない客を頼りに此の茶屋は生活しているとしたら不安であると思われた。 都会の中心に生活し・・・ 小川未明 「渋温泉の秋」
・・・宗右衛門町の青楼と道頓堀の芝居茶屋が、ちょうど川をはさんで、背中を向け合っている。そしてどちらの背中にも夏簾がかかっていて、その中で扇子を使っている人々を影絵のように見せている灯は、やがて道頓堀川のゆるやかな流れにうつっているのを見ると、私・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・そして所望されるままに曾根崎新地のお茶屋へおちょぼ(芸者の下地ッ子にやった。 種吉の手に五十円の金がはいり、これは借金払いでみるみる消えたが、あとにも先にも纏まって受けとったのはそれきりだった。もとより左団扇の気持はなかったから、十七の・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
出典:青空文庫