・・・青芒の茂った、葉越しの谷底の一方が、水田に開けて、遥々と連る山が、都に遠い雲の形で、蒼空に、離れ島かと流れている。 割合に土が乾いていればこそで――昨日は雨だったし――もし湿地だったら、蝮、やまかがしの警告がないまでも、うっかり一歩も入・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・そのあたりからもみじ葉越しに、駒鳥の囀るような、芸妓らしい女の声がしたのであったが―― 入交って、歯を染めた、陰気な大年増が襖際へ来て、瓶掛に炭を継いで、茶道具を揃えて銀瓶を掛けた。そこが水屋のように出来ていて、それから大廊下へ出入口に・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ 笑いながら濃い長い髪が額へ落ちかかって来るのを平手で撫で上げ撫で上げしながら窓の外にしげる楓の若葉越しにせわしく動いて居る隣りの家の女中の黒い影坊師を見て居た。 何です? 千世子は其の方を見ながらきいた。「影っ・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・日毎に、日の光を梳いてあつみの増すそれ等の若竹の葉越しに、私共は毎日雨戸をしめた裏の家の軒下を眺めて暮すことになった。 入梅があけると、空家の庭に苔がつき、めっきり青草が伸びた。雨戸はしまったままだ。 夏になったので、何処かの子供が・・・ 宮本百合子 「蓮花図」
・・・ 夜に成ると、山門と、静かな鐘楼の間から松の葉越しに、まるで芝居の書割のように大きな銀色の月が見える吉祥寺が、大通の真前にあった。 俥が漸々入る露路のとっつきにある彼女等の格子戸は、前に可愛い二本の槇を植えて、些か風情を添えて居るも・・・ 宮本百合子 「われらの家」
出典:青空文庫