・・・ わが車五味坂を下れば茂み合う樫の葉陰より光影きらめきぬ。これ倶楽部の窓より漏るるなり。雲の絶え間には遠き星一つ微かにもれたり。受付の十蔵、卓に臂を置き煙草吹かしつつ外面をながめてありしがわが姿を見るやその片目をみはりて立ちぬ、その鼻よ・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ 最後に刈り残された庭の片すみのカンナの葉陰に、一きわ濃く茂った部分を刈っていた長女は、そこで妙なものを発見したと言って持って来た。子供の指先ぐらいの大きさをした何かの卵であった。つまんで見ると殻は柔らかくてぶよぶよしていた。一つ鋏にか・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・そして枕もとの花鉢をのぞき込んで、葉陰にかくれた木札を見つけ、かなで書いた花の名を一つ一つ大きな声で読み上げた、その読み方がおかしいので皆が笑った。近ごろかたかなを覚えたものだから、なんでもかたかなさえ見れば読んでみなくてはいられないのであ・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
・・・色の褪せたきたない花が少しばかり葉陰に見える。 仲道の庭桜はもし咲いて居るかも知れぬと期して居たが何処にもそんな花は見えぬ。かえってそのほとりの大木に栗の花のような花の咲いて居たのがはや夏めいて居た。車屋に沿うて曲って、美術床屋に沿うて・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・雨や人住みて煙壁を洩る 狐狸にはあらで幾何か怪異の聯想を起すべき動物を詠みたるもの、獺の住む水も田に引く早苗かな獺を打し翁も誘ふ田植かな河童の恋する宿や夏の月蝮の鼾も合歓の葉陰かな麦秋や鼬啼くなる長がもと・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・道さまが、東の空へ金色の矢を射なさるじゃ、林樹は青く枝は揺るる、楽しく歌をばうたうのじゃ、仲よくおうた友だちと、枝から枝へ木から木へ、天道さまの光の中を、歌って歌って参るのじゃ、ひるごろならば、涼しい葉陰にしばしやすんで黙るのじゃ、又ちちと・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
出典:青空文庫