・・・―― こんな葛藤が一週間に何度もある。従ってお君さんは、滅多にお松さんとは口をきかない。いつも自働ピアノの前に立っては、場所がらだけに多い学生の客に、無言の愛嬌を売っている。あるいは業腹らしいお松さんに無言ののろけを買わせている。 ・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・蔓頭の葛藤、截断し去る。咄。 芥川竜之介 「るしへる」
・・・近代思想を十分理解しながら近代人になり切れない二葉亭の葛藤は必ず爰にも在ったろう。 二葉亭に限らず、総て我々年輩のものは誰でも児供の時から吹込まれた儒教思想が何時まで経っても頭脳の隅のドコかにこびり着いていて容易に抜け切れないものだ。坪・・・ 内田魯庵 「二葉亭四迷」
・・・が、芸術となると二葉亭はこの国士的性格を離れ燕趙悲歌的傾向を忘れて、天下国家的構想には少しも興味を持たないでやはり市井情事のデリケートな心理の葛藤を題目としている。何十年来シベリヤの空を睨んで悶々鬱勃した磊塊を小説に托して洩らそうとはしない・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・との葛藤である、と私には考えられるのであります。 ああ、決闘やめろ。拳銃からりと投げ出して二人で笑え。止したら、なんでも無いことだ。ささやかなトラブルの思い出として残るだけのことだ。誰にも知られずにすむのだ。私は二人を愛している。おんな・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・「青春は、友情の葛藤であります。純粋性を友情に於いて実証しようと努め、互いに痛み、ついには半狂乱の純粋ごっこに落ちいる事もあります。」と言いました。それから、素朴の信頼という事に就いて言いました。シルレルの詩を一つ教えました。理想を捨て・・・ 太宰治 「みみずく通信」
・・・しかしその巧妙な律動的なモンタージュによって観衆の心の中の奥底には一つの葛藤がだんだん発展し高調されて行くのである。また同じ映画でダンス場における踊る主人公とこれをねらう悪漢との交互的律動的モンタージュもこれと全く同様である。これは二つの画・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・この映画の演劇的な部分のおもなる骨子となっている。この葛藤に伴なう多くの美しい感傷の場面の連続によって観客の感興をつなぎつつ最後の頂点に導いて行く監督の腕前はそんなに拙であると思われないようである。しかしそういう劇的な脚色の問題とは離れて、・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・そうして、その結果、色々面倒な葛藤の起ることも止むを得ないであろう。しかし、ともかくも、一度も科学者流にこういう風の考え方をしたことのない人もあるとしたら、そういう人にとっては、上記のような半面的な見方の可能だという事実が、あるいは何かの参・・・ 寺田寅彦 「学問の自由」
・・・そして、この事はともかくも、今度の震災が動機となって起ったであろうと思われる、ありとあらゆる事件や葛藤、それらの犠牲となったさまざまな人達の事を、空想の馳せる限りに思いめぐらしてみた。・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
出典:青空文庫