・・・ 少年は草原に寝ころび眼をつぶったまま、薄笑いして聞いていたが、やがて眼を細くあけて私の顔を横眼で見て、「君は、誰に言っているんだい。僕にそんなこと言ったって、わかりやしない。弱るね。」「そうか。失敬した。」思わず軽く頭をさげて・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・白髪の四角な顔した番頭は、薄笑いした。「福田旅館は、ここでは、いいほうなんだろう?」あてずっぽうでも無かった。実は、新潟で、生徒たちから、二つ三ついい旅館の名前を聞いて来ていたのだ。福田旅館は、たしかにその筆頭に挙げられていたように記憶・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・きお慈悲の笑顔わすれず、きゅっと抓んだしんこ細工のような小さい鼻の尖端、涙からまって唐辛子のように真赤に燃え、絨毯のうえをのろのろ這って歩いて、先刻マダムの投げ捨てたどっさり金銀かなめのもの、にやにや薄笑いしながら拾い集めて居る十八歳、寅の・・・ 太宰治 「創生記」
・・・馬場は躊躇せず、その報いられなかった世界的な名手がことさらに平気を装うて薄笑いしながらビイルを舐めているテエブルのすぐ隣りのテエブルに、つかつか歩み寄っていって坐った。その夜、馬場とシゲティとは共鳴をはじめて、銀座一丁目から八丁目までのめぼ・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・ と伯父の局長に聞かれても薄笑いして、「どこも悪くない。神経衰弱かも知れん」 と答えます。「そうだ、そうだ」と伯父は得意そうに、「俺もそうにらんでいた。お前は頭が悪いくせに、むずかしい本を読むからそうなる。俺やお前のように、・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・な情緒を、薔薇を、すみれを、虫の声を、風を、にやりと薄笑いして敬遠し、もっぱら、「我は人なり、人間の事とし聞けば、善きも悪しきも他所事とは思われず、そぞろに我が心を躍らしむ。」とばかりに、人の心の奥底を、ただそれだけを相手に、鈍刀ながらも獅・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・父は薄笑いして、勝治の目前で静かに言い渡した。「低能だ。」「なんだっていい、僕は行くんだ。」「行ったほうがよい。歩いて行くのか。」「ばかにするな!」勝治は父に飛びかかって行った。これが親不孝のはじめ。 チベット行は、うや・・・ 太宰治 「花火」
・・・すると、傍でそれを聞いていた眉山は、薄笑いして、私は小さい時から、しっかりした階段を昇り降りして育って来ましたから、とむしろ得意そうな顔で言うんですね。その時は、僕は、女って浅間しい虚栄の法螺を吹くものだと、ただ呆れていたんですが、そうです・・・ 太宰治 「眉山」
・・・三郎はその遺書を読んでしまってから顔を蒼くして薄笑いを浮べ、二つに引き裂いた。それをまた四つに引き裂いた。さらに八つに引き裂いた。空腹を防ぐために子への折檻をひかえた黄村、子の名声よりも印税が気がかりでならぬ黄村、近所からは土台下に黄金の一・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・ギリシャ神話をぱらぱらめくって、全裸のアポロの挿絵を眺め、気味のわるい薄笑いをもらした。ぽんと本を投げ出して、それから机の引き出しをあけ、チョコレートの箱と、ドロップの缶を取りだし、実にどうにも気障な手つきで、――つまり、人さし指と親指と二・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
出典:青空文庫