・・・畳はどんなか知らぬが、部屋一面に摩切れた縁なしの薄縁を敷いて、ところどころ布片で、破目が綴くってある。そして襤褸夜具と木枕とが上り口の片隅に積重ねてあって、昼間見るととても体に触れられたものではない。私はきゅうに自分の着ている布団の穢さが気・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ 寝間の粗壁を切抜いて形ばかりの明り取りをつけ、藁と薄縁を敷いたうす暗い書斎に、彼は金城鉄壁の思いかで、籠っていた。で得意になって、こういったような文句の手紙を、東京の友人たちへ出したりした。彼ら五人の親子は、五月の初旬にG村へ引移った・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・料理と書いた提燈を出し、そうしてもう、その家に引越してからは、私は完全に下男の身分になりまして、婆の事を奥さんと呼び、わが女房を、おねえさん、と呼ぶように言いつけられ、婆と女房は二階に寝て、私は台所に薄縁を敷いて寝る事になったのでございます・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・ さっきは満足な畳だと思って見たのは「薄縁」とも「畳」ともつかないもので「わら」の床のある処もあり、ない処もある非常にでこぼこした見るから哀れなもので、畳ばかりではなく床までベコベコになって居た。 婆は一番年上の男の子に、「・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ 葡萄棚の下に拵えた私共の涼台に、すぐ薄縁の敷るほどの雨量しかなかった。其れにしても、久しぶりで雨あがりの爽やかさに触れたので、皆な活々とした。そして、涼台に集って雑談に耽っていると八時頃、所用で福井市に出かけていた家兄が、遽しい様子で・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
・・・ 僕は薄縁の上に胡坐を掻いて、麦藁帽子を脱いで、ハンケチを出して額の汗を拭きながら、舟の中の人の顔を見渡した。船宿を出て舟に乗るまでに、外の座敷の客が交ったと見えて、さっき見なかった顔がだいぶある。依田さんは別の舟に乗ったと見えて、とう・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫