・・・コップに一杯の砂糖水をつくって、その上に小さな罎に入った茶褐色の薬液の一滴を垂らすと、それがぱっと拡がって水は乳色に変わった。飲んでみると名状の出来ぬ芳烈な香気が鼻と咽喉を通じて全身に漲るのであった。何というものかと聞くと、レモン油というも・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・ 同教室に運ばれた遺骸に防腐の薬液を注射したのは、これも今は故人になったO教授であった。その手術の際にO教授が、露出された遺骸の胸に手のひらをあてて Noch warm ! と言って一同をふり向いたとき、領事といっしょにここまでついて来・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・写真乾板の感光膜をガラスからはがすために特殊の薬液に浸すと膜が伸張して著しいしわができるのであるが、そのしわが場合によっては上記の樹枝状とかなりよく似た形を示すことがある。また写真乾板上の一点に高圧電極の先端を当てて暗処で見るとその先端から・・・ 寺田寅彦 「物理学圏外の物理的現象」
・・・その薬液は、きまった時間をおいて、慎重に観察されながら煮られなければならないものらしかった。 礼儀正しく助手のひとが入って来て、自分の任務を果して出てゆくとき、ひろ子は、そのつど、ぼんやりしたはにかみを感じた。実験用テーブルの端におとな・・・ 宮本百合子 「風知草」
出典:青空文庫