・・・なるほどこれは恐ろしい毒薬であると感心もし、また人間というものが実にわずかな薬物によって勝手に支配されるあわれな存在であるとも思ったことである。 スポーツの好きな人がスポーツを見ているとやはり同様な興奮状態に入るものらしい。宗教に熱中し・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・また海胆や塩辛類の含有する回生の薬物についても科学はまだ何事をも知らないであろう。肝油その他の臓器製薬の効能が医者によって認められるより何百年も前から日本人は鰹の肝を食い黒鯛の胆を飲んでいたのである。 これを要するに日本の自然界は気候学・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ 薬物によるこうした旅行は、だが私の健康をひどく害した。私は日々に憔悴し、血色が悪くなり、皮膚が老衰に澱んでしまった。私は自分の養生に注意し始めた。そして運動のための散歩の途中で、或る日偶然、私の風変りな旅行癖を満足させ得る、一つの新し・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・この薬剤にして、よくこの効を奏すべきか、もしも然らしめんとするには、まずこの薬に配合するに他の薬物をもってし、その性質を変化せしむることなれば、徐々たる滋潤強壮の効力は失い尽さざるをえず。 すなわち教育緩慢の働を変じて急劇となし、十年二・・・ 福沢諭吉 「政事と教育と分離すべし」
・・・一隅の凹んだところで、何かの薬物が煮られているのであった。 ドアに近い実験用テーブルの端に、小さい電気コンロがのっていた。その上に、金網のきれぱしが置かれ、薄く切ったさつまいもが載せられている。まわりに、茶のみ茶碗、鮭カンの半分以上から・・・ 宮本百合子 「風知草」
出典:青空文庫