・・・自分はF君に、この虫が再び甦ると思うか、このままに死んでしまうと思うかと聞いた。もちろん自分にも分らなかったのである。F君は二〇プロセントは甦ると云い自分は百プロセント死ぬということにして、それで賭をするとしたら、どういう勘定になるかという・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・死したる人の蘇る時に、昔しの我と今の我との、あるは別人の如く、あるは同人の如く、繋ぐ鎖りは情けなく切れて、然も何等かの関係あるべしと思い惑う様である。半時なりとも死せる人の頭脳には、喜怒哀楽の影は宿るまい。空しき心のふと吾に帰りて在りし昔を・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・波頭に 白く まろく、また果かなく少女時代の夢のように泡立つ泡沫は新たに甦る私の前歯とはならないか。打ちよせ 打ち返し轟く永遠の動きは鈍痲し易い人間の、脳細胞を作りなおすまいか。幸運のアフロディテ水沫から生れたア・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
・・・そこへ、お前が、耀の翼で触ってやると、人間は、五月の樫が朝露に会ったように、活々と若く、甦るのです。イオイナ ――神々は、私が余り人間の味方をすると云って憤られる。……けれども、あの、蝎の毒でも死ぬように果敢ない肉体を持ちな・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・無礼を顧ずいえば、彼等は僧として、高邁な信仰を得ようとする熱意も失っていると同時に、芸術的美に沈潜することによって、更に純一な信心に甦るだけの強大な直観も持っていないようだ。自分達の本堂に在す仏を拝んでは、次の瞬間に冷静な美術批評家ぶって見・・・ 宮本百合子 「宝に食われる」
・・・ 自分が、彼との結婚を宣言した時、既に覚悟した、その覚悟が心に甦る。 人としての彼を選んだ自分は、人として、彼並びに自分を活さなければならないのだ。 ――○―― 彼が帰朝以前から問題に成って居る、分家問題は、・・・ 宮本百合子 「日記・書簡」
・・・灰の中から、更に智慧を増し、経験によって鍛えられ、新たな生命を感じた活動が甦るのだ。人間のはかなさを痛感したことさえ無駄にはならない。非常に際し、命と心の力をむき出しに見た者は、仮令暫の間でも、嘘と下らない見栄は失った。分を知り、忍耐強くな・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
・・・ ところでこの苦しむ神、蘇る神の物語は、『熊野の本地』には限らないのである。有名な点において熊野に劣らない厳島神社の神もまた同じような物語を背負っている。『厳島の縁起』がそれである。ここでも物語の世界はインドであり、そうしてそれが同じよ・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫