・・・ 科学者の科学研究欲には理屈を超越した本能的なものがあるように自分には思われる。 蜜蜂が蜜を集めている。一つ一つの蜜蜂にはそれぞれの哲学があるのかもしれない。しかしそんなことはどうであっても彼らが蜜を集めているという事実には変わりは・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・あの女神達は素足で野の花の香を踏んで行く朝風に目を覚し、野の蜜蜂と明るい熱い空気とに身の周囲を取り巻かれているのだ。自然はあれに使われて、あれが望からまた自然が湧く。疲れてもまた元に返る力の消長の中に暖かい幸福があるのだ。あれあれ、今黄金の・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・そばへ寄って見ると、その桃いろなのには、いちめんにせいの低い花が咲いていて、蜜蜂がいそがしく花から花をわたってあるいていましたし、緑いろなのには小さな穂を出して草がぎっしりはえ、灰いろなのは浅い泥の沼でした。そしてどれも、低い幅のせまい土手・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・花壇の上にも、畠の上にも、蜜柑の木の周囲にも、蜜蜂が沢山飛んでいるので、石田は大そう蜜蜂の多い処だと思って爺さんに問うて見た。これは爺さんが飼っているので、巣は東側の外壁に弔り下げてあるのであった。 石田はこれだけ見て、一旦爺さんに別れ・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・毎日通う役所から四時過ぎに帰って、十畳ばかりの間にすわっていると、家主の飼う蜜蜂が折々軒のあたりを飛んで行く。二台の人力車がらくに行き違うだけの道を隔てて、向いの家で糸を縒るいとぐるまの音が、ぶうんぶうんと聞える。糸を縒っているのは、片目の・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・台石の回りに咲き乱れている菫や薔薇、その上にキラキラと飛び回っている蜜蜂、――これらの小さい自然の内にも、人間の手で造った偶像よりははるかに貴い生が充ちわたっている。彼は興奮してアゴラへ行って人々に論じかけた。エピクリアンの哲学者が彼の相手・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫