・・・文法家に名文家なく、歌の規則などを研究する人に歌人が乏しいとはよく人のいうところですが、もしそうするとせっかく拵えた文法に妙に融通の利かない杓子定規のところができたり、また苦心して纏めた歌の法則も時には好い歌を殺す道具になるように、実地の生・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・そうしてこの二つの言葉は文芸界専有の術語でその他の方面には全く融通の利かないものであるかのごとく取扱われております。ところが私はこれからこの二つの言葉の意味性質を極めて簡略に述べて、そうしてそれを前申上げた昔と今の道徳に結びつけて両方を綜合・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・こう分業が行われだすと融通が利かなくなります。ちょっと舌癌にかかったからと云うて踵で飯を食う訳には行かず、不幸にして痳疾を患いたからと申して臍で用を弁ずる事ができなくなりました。はなはだ不都合であります。しかし意識の連続と云う以上は、――連・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・金銭というものは至極重宝なもので、何へでも自由自在に融通が利く。たとえば今私がここで、相場をして十万円儲けたとすると、その十万円で家屋を立てる事もできるし、書籍を買う事もできるし、または花柳社界を賑わす事もできるし、つまりどんな形にでも変っ・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・の独特な融通性によって侵略戦争に相応したし、一九四五年の冬から天皇制論のやかましかった頃には天皇制護持のための「無」と変化しました。サルトルが流行したら「無」は実存主義によって語りだされました。何とジャーナリスティックな、かんのいい「無」で・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・きっと、無いんですって、とさえ云ったのでなかったら、先生が生徒の親の店へ物の融通を云いつけるのはその社会で例のないことではないのだろうから、何も愧しい思いはないのだろうが、無いと云ったそのものが在る、しかもどっさり在るということは如何にも具・・・ 宮本百合子 「「うどんくい」」
・・・ 結局は、栄蔵の顔を見た瞬間に直覚した通り金の融通で、毎月十円ずつ出してくれと云った。 凡そ一年も出してもらえたらと栄蔵は云ったけれ共病気の性をよくしって居る主婦は、とうていそれだけの間になおらない事を知って居たし、沢山の子供の学費・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ それを一寸融通して呉れるの。小幡が、君、津田は注意しないといけないよ、社の金を費い込んでるぜって云うからね、私、云ってやったわ、私、津田さんにどうかして下さいって頼んだんで、社の金をとって来て呉れって云ったんじゃあないから構わないってね」・・・ 宮本百合子 「斯ういう気持」
・・・急に母親が死んで村へかえらなければならない若いコムソモーレツが金の融通を工場委員会へ頼んできたのに、時間が五分過ぎてることを理由にはねつけて、官僚主義を発揮したばかりのところなのだ。 日本女は時計を見た。もう十二時すぎてる。だが演る者も・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・ 学校の寄宿舎生の間に、自分たちで組織している物資融通機関のようなものや、輪読会のようなものや、級自治会のようなものはあるのだろうか。自分たちの生活の必要にたって、必要を整理解決してゆく政治の初歩的なそういう習慣が女学校生活の何年間かに・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
出典:青空文庫