・・・そこへほとんど、眼球がとび出しそうに眼を見開いた、血相の変っている日本騎兵の顔が、大きな口を開きながら、突然彼の馬の前に跳り出した。赤い筋のある軍帽が、半ば裂けた間からは、いが栗坊主の頭が覗いている。何小二はそれを見ると、いきなり軍刀をふり・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・と言いながら、血相を変えて飛びかかって来た。この相撲を見ていた僕の叔母――僕の母の妹であり、僕の父の後妻だった叔母は二三度僕に目くばせをした。僕は僕の父と揉み合った後、わざと仰向けに倒れてしまった。が、もしあの時に負けなかったとすれば、僕の・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・ 友人たちは、元より私から、あの金貨を残らず捲き上げるつもりで、わざわざ骨牌を始めたのですから、こうなると皆あせりにあせって、ほとんど血相さえ変るかと思うほど、夢中になって勝負を争い出しました。が、いくら友人たちが躍起となっても、私は一・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・男は血相を変えたまま、太い太刀を引き抜きました。と思うと口も利かずに、憤然とわたしへ飛びかかりました。――その太刀打ちがどうなったかは、申し上げるまでもありますまい。わたしの太刀は二十三合目に、相手の胸を貫きました。二十三合目に、――どうか・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・ それが鞍掛橋の停留場へ一町ばかり手前でしたが、仕合せと通りかかった辻車が一台あったので、ともかくもその車へ這い上ると、まだ血相を変えたまま、東両国へ急がせました。が、その途中も動悸はするし、膝頭の傷はずきずき痛むし、おまけに今の騒動が・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ 謙三郎のなお辞するに、果は怒りて血相かえ、「ええ、どういっても肯かないのか。私一人だから可いと思って、伯父さんがおいでの時なら、そんなこと、いわれやしまいが。え、お前、いつも口癖のように何とおいいだ。きっと養育された恩を返しますッ・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・早瀬 これ、飛んでもない、お前は、血相変えて、勿体ない、意地で先生に楯を突く気か。俺がさせない。待て、落着いて聞けと云うに!――死んでも構わないとおっしゃったのは、先生だけれど、……お前と切れる、女を棄てます、と誓ったのは、この俺だが、・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・ とかなり手きびしく皮肉ってやったが、お千鶴は亭主のお前によりも、従妹にかんかんになっていたので、おれの言うことなど耳にはいらず、それから二三日経つと、従妹のところへ、血相かえて怒鳴りこみに行った。 口あらそいは勿論、相当はげしくつ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 二人は血相を変えて、隊へ帰って行った。そして、隊長の部屋へ、ものも言わずにはいって行った。 が、隊長はいなかった。「おい、隊長はどこだッ? 隊長はどこだッ? 蓄音機はどこだッ?」「蓄音機は司令部へ行ったぜ」 と、若い当・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・寺田はその葉書を破って捨てると、血相を変えて病室へはいって行った。しかし、一代は油汗を流してのたうち廻っていた。激痛の発作がはじまっていたのだ。寺田はあわててロンパンのアンプルを切って、注射器に吸い上げると、いつもの癖で針の先を上向けて、空・・・ 織田作之助 「競馬」
出典:青空文庫