・・・しかも裏の事実は一人の例外なしに、堂々、不正の天才、おしゃかさんでさえ、これら大人物に対しては旗色わるく、縁なき衆生と陰口きいた。 六唱 ワンと言えなら、ワンと言います「前略。手紙で失礼ですがお願いいたします。本社発・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・私にとって、縁なき衆生である。腹ができて立派なる人格を持ち、疑うところなき感想文を、たのしげに書き綴るようになっては、作家もへったくれもない。世の中の名士のひとりに成り失せる。ねんねんと動き、いたるところ、いたるところ、かんばしからぬへまを・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・pan と dechomai, すなわちだれでも接待する意だそうである。衆生を済度する仏がホトケであるのは偶然の洒落である。 ラテンで「あるいはAあるいはB」という場合に alius A, alius B とか、alias A, a・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
・・・理性にも同情にも訴うるのでなく、唯過敏なる感覚をのみ基礎として近世の極端なる芸術を鑑賞し得ない人は、彼からいえば到底縁なき衆生であるのだ。女の嫌いな人に強て女の美を説き教える必要はない。酒に害あるはいわずと知れた話である。然もその害毒を恐れ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・縁なき衆生は度しがたしとは単に仏法のみで言う事ではありません。段違いの理想を有しているものは、感化してやりたくても、感化を受けたくてもとうていどうする事もできません。 還元的感化と云う字が少々妙だから、御分りにならんかと思います。これを・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・次には「すべての人を尊べ。衆生をいつくしめ。神を恐れよ。王を敬え」とある。 こんなものを書く人の心の中はどのようであったろうと想像して見る。およそ世の中に何が苦しいと云って所在のないほどの苦しみはない。意識の内容に変化のないほどの苦しみ・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・において苦悩が 衆生のものでなくして私ひとりのものであったら何を 矜持として 生きるものかという、ひろがりをもっている。けがれたまねは しまいと思うしっかりと 何よりもまず自らに立派で あ・・・ 宮本百合子 「『静かなる愛』と『諸国の天女』」
・・・この救われたる衆生が真の人生を現わしたか。救われずして地獄の九圏の中に阿鼻叫喚しているはずの、たとえば歴山大王や奈翁一世のごとき人間がかえって人生究竟の地を示したか。これは未決問題である。宗教の信仰に救われて全能者の存在を霊妙の間に意識し断・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫