・・・あるいは白いテエブル・クロオスの上に、行儀よく並んでいる皿やコップが、汽車の進行する方向へ、一時に辷り出しそうな心もちもする。それがはげしい雨の音と共に、次第に重苦しく心をおさえ始めた時、本間さんは物に脅されたような眼をあげて、われ知らず食・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・私は葉巻を口へ啣えたまま、呆気にとられて見ていましたが、書物はうす暗いランプの光の中に何冊も自由に飛び廻って、一々行儀よくテエブルの上へピラミッド形に積み上りました。しかも残らずこちらへ移ってしまったと思うと、すぐに最初来たのから動き出して・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・次の刹那には、足取り行儀好く、巡査が二人広間に這入って来て、それが戸の、左右に番人のように立ち留まった。 次に出たのが本人である。 一同の視線がこの一人の上に集まった。 もしそこへ出たのが、当り前の人間でなくて、昔話にあるような・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・何だってそんな行儀の悪い腰の掛けようをして居るのだえ。そうさね。クサカは置いて行くより外あるまいよ」といった。「可哀そうね」とレリヤは眩いた。「可哀そうだって、どうも為様はないじゃありませんか。内には庭はないし。それだといって、家の中へあん・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・足くびの時なぞは、一応は職業行儀に心得て、太脛から曲げて引上げるのに、すんなりと衣服の褄を巻いて包むが、療治をするうちには双方の気のたるみから、踵を摺下って褄が波のようにはらりと落ちると、包ましい膝のあたりから、白い踵が、空にふらふらとなり・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・ この暑さに、五つ紋の羽織も脱がない、行儀の正しいのもあれば、浴衣で腕まくりをしたのも居る。――裾模様の貴婦人、ドレスの令嬢も見えたが、近所居まわりの長屋連らしいのも少くない。印半纏さえも入れごみで、席に劃はなかったのである。 で、・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・近き畑の桃の花、垣根の端の梨の花、昨夜の風に散ったものか、苗代の囲りには花びらの小紋が浮いている。行儀よく作られた苗坪ははや一寸ばかりの厚みに緑を盛り上げている。燕の夫婦はいつしか二つがいになった、時々緑の短冊に腹を擦って飛ぶは何のためか。・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・頃なのであっちこっちからのぞみに母親もこの返事に迷惑して申しのべし、「手前よろしければかねて手道具は高蒔絵の美をつくし衣装なんかも表むきは御法度を守っても内証で鹿子なんかをいろいろととのえ京都から女の行儀をしつける女をよびよせて万事おとなし・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・一体行儀の好い男で、あぐらを掻くッてな事は殆んどなかった。いよいよ坐り草臥びれると能く立膝をした。あぐらをかくのは田舎者である、通人的でないと思っていたのだろう。 それが皮切で、それから三日目、四日目、時としては続いて毎日来た。来れば必・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・と、お母さんがおっしゃったので、二郎さんは、捕虫網をそこに投げ捨て、太郎さんとお行儀よく並んで、お母さんの前にすわりました。 お母さんは、お話をおはじめになりました。「あるところに、四つばかりのかわいらしい女の子がありました。毎日お・・・ 小川未明 「黒いちょうとお母さん」
出典:青空文庫