・・・「早速だ、おやおや。」「大分丁寧でございましょう。」「そんな皮肉を言わないで、坊やは?」「寝ました。」「母は?」「行火で、」と云って、肱を曲げた、雪なす二の腕、担いだように寝て見せる。「貴女にあまえているんでしょ・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ とその隣が古本屋で、行火の上へ、髯の伸びた痩せた頤を乗せて、平たく蹲った病人らしい陰気な男が、釣込まれたやら、「ふふふ、」 と寂しく笑う。 続いたのが、例の高張を揚げた威勢の可い、水菓子屋、向顱巻の結び目を、山から飛んで来・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・「へい、ありがとう存じます、いやも幸いと孝行なせがれが一人おりまして、よう稼いでくれまして、おまえさん、こんな晩にゃ行火を抱いて寝ていられるもったいない身分でござりましたが、せがれはな、おまえさん、この秋兵隊に取られましたので、あとには・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・ 私はきのう窓から見た 一人の旅人が、黒く行く姿を 足跡が深く雪に遺るのを…… 階下の六畳では、行火に当りながらせきがその音楽を聴いていた。うめはもう寝ている。厠へ通う人に覗かれないように、部屋の二方へ・・・ 宮本百合子 「街」
出典:青空文庫