・・・ 一行四人は兵衛の妹壻が浅野家の家中にある事を知っていたから、まず文字が関の瀬戸を渡って、中国街道をはるばると広島の城下まで上って行った。が、そこに滞在して、敵の在処を探る内に、家中の侍の家へ出入する女の針立の世間話から、兵衛は一度広島・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・の字村のある家へ建前か何かに行っていました。が、この町が火事だと聞くが早いか、尻を端折る間も惜しいように「お」の字街道へ飛び出したそうです。するとある農家の前に栗毛の馬が一匹繋いである。それを見た半之丞は後で断れば好いとでも思ったのでしょう・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・夜になると街道に出て声の嗄れるまで吠えた。さて草臥れば、別荘の側へ帰って独で呟くような声を出して居た。 冬の夜は永い。明別荘の黒い窓はさびしげに物音の絶えた、土の凍た庭を見出して居る。その内春になった。春と共に静かであった別荘に賑が来た・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・ 四 金石街道の松並木、ちょうどこの人待石から、城下の空を振向くと、陽春三四月の頃は、天の一方をぽっと染めて、銀河の横たうごとき、一条の雲ならぬ紅の霞が懸る。…… 遠山の桜に髣髴たる色であるから、花の盛には相・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 二「さあさあ看板に無い処は木曾もあるよ、木曾街道もあるよ。」 と嗾る。…… が、その外には何も言わぬ。並んだ小屋は軒別に、声を振立て、手足を揉上げ、躍りかかって、大砲の音で色花火を撒散らすがごとき鳴物ま・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ でこぼこした道を踏みしめ、踏みしめ、僕は歩いていたが、街道を通る人かげがすべて僕の敵であるかのように思われた。月光に投げ出した僕の影法師も、僕には何だかおそろしかった。 なるべく通行者に近よらないようにして、僕はまず例のうなぎ屋の・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 二郎は、こうして街道を歩いてゆく知らぬ人を見るのが好きでした。 さまざまなことを空想したり、考えたりしていると、独りでいてもそんなにさびしいとは思わなかったからです。 暖かな風が、どこからともなく吹いてくると、乾いた白い往来の・・・ 小川未明 「赤い船のお客」
・・・しかし、この四つ街道でよくみんなが道をまちがえるのだ。知らぬ人は困るだろう。」と、おじいさんはいいました。「おじいさん、この四つ街道の行く先は、どこと、どこだか、私によく教えてください。」と、少年は頼みました。 おじいさんは、一つの・・・ 小川未明 「石をのせた車」
・・・ それは彼の田舎の家の前を通っている街道に一つ見窄らしい商人宿があって、その二階の手摺の向こうに、よく朝など出立の前の朝餉を食べていたりする旅人の姿が街道から見えるのだった。彼はなぜかそのなかである一つの情景をはっきり心にとめていた。そ・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・彼は今しも御最後川を渡りて浜に出で、浜づたいに小坪街道へと志しぬるなり。火を目がけて小走りに歩むその足音重し。 嗄れし声にて、よき火やとかすかに叫びつ、杖なげ捨てていそがしく背の小包を下ろし、両の手をまず炎の上にかざしぬ。その手は震い、・・・ 国木田独歩 「たき火」
出典:青空文庫