・・・これを喩えば、大廈高楼の盛宴に山海の珍味を列ね、酒池肉林の豪、糸竹管絃の興、善尽し美尽して客を饗応するその中に、主人は独り袒裼裸体なるが如し。客たる者は礼の厚きを以てこの家に重きを置くべきや。饗礼は鄭重にして謝すべきに似たれども、何分にも主・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・とにかく自分は余りの苦みに天地も忘れ人間も忘れ野心も色気も忘れてしもうて、もとの生れたままの裸体にかえりかけたのである。諸君は試みにこのような病人となったと思うてどういう心持がするか考えて見給え。○自分の病気について今一つ他人の多くは誤・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・自然というものの感じかた、裸体の歴史性、モデルと思想との相互の関係などを語っている部分は深い示唆をもっている。 中年から以後、ミケルアンジェロの作品がつねに未完成にのこされた、それについてロマン・ロランでさえ個人的に性格の分裂という風に・・・ 宮本百合子 「現代の心をこめて」
・・・ 第二房でも眼をさまし、鈍い光に照らされ半裸体の男でつまっている狭い檻の内部がざわつき出した。「何だ、メソメソしてやがって! のしちゃえ、のしちゃエ!」 看守は騒ぎをよそに黒い外套を頭からすっぽり引きかぶって、テーブルの上に突っ・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・一枚の浴衣を、胸をあらわして著ているので、殆ど裸体も同じ事である。全身の筋肉が緊縮して、体は板のようになっていて、それが周囲のあらゆる微細な動揺に反応して、痙攣を起す。これは学術上の現症記事ではないから、一々の徴候は書かない。しかし卒業して・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・人に僕のかいた裸体画を一枚遣って、女房を持たずにいろ、けしからん所へ往かずにいろ、これを生きた女であるかのように思えと云ったって、聴くものか。君のかのようにはそれだ。」「そんなら君はどうしている。幽霊がのこのこ歩いて来ると思うのか。電気・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ 暫くすると、人々に腕を持たれた秋三は勘次を睥み乍ら、裸体の肩口を押し出して、「放せ、放せ。」と叫んでいた。 勘次はただ黙って突き立ったまま、ひた押しに秋三の方へ進もうとした。「今日という今日は、承知せんぞ!」「何にッ!・・・ 横光利一 「南北」
・・・そうして、馬糞の重みに斜めに突き立っている藁の端から、裸体にされた馬の背中まで這い上った。 二 馬は一条の枯草を奥歯にひっ掛けたまま、猫背の老いた馭者の姿を捜している。 馭者は宿場の横の饅頭屋の店頭で、将棋を・・・ 横光利一 「蠅」
・・・次にこの画は、女の裸体を描き得たことにおいて成功である。デッサンが狂っていない。肉づきにも無理がない。ことに女の体の清らかな美しさを遺憾なく発揮した所は嘆賞に価する。第三に、日本画で現代の浴室を、しかも全裸の女を描き得たということは、一種の・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・むしろ鑑賞者の生活を高め豊富にするということによって、間接に社会の秩序を高め風俗を善良にする。裸体の男女が相抱いている姿を描写した彫刻絵画も、それが芸術品でありまた芸術品として鑑賞される以上は、決して風俗を壊乱しない。しかし芸術品は必ずしも・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫