・・・小みちは要冬青の生け垣や赤のふいた鉄柵の中に大小の墓を並べていた。が、いくら先へ行っても、先生のお墓は見当らなかった。「もう一つ先の道じゃありませんか?」「そうだったかも知れませんね。」 僕はその小みちを引き返しながら、毎年十二・・・ 芥川竜之介 「年末の一日」
・・・測定技師の記要まで、附いて。」「久米と云う男のは、あるでしょうか。」 僕は、友だちの事が気になるから、訊いて見た。「久米ですか。『銀貨』と云う小説でしょう。ありますよ。」「どうです。価値は。」「駄目ですな。何しろこの創作・・・ 芥川竜之介 「MENSURA ZOILI」
・・・とんとんと裏階子を駆下りるほど、要害に馴れていませんから、うろうろ気味で下りて来ると、はじめて、あなた、たった一人。」「だれか、人が。」「それが、あなた、こっちが極りの悪いほど、雪のように白い、後姿でもって、さっきのおいらんを、丸剥・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・しかも巌がくれの裏に、どうどうと落ちたぎる水の音の凄じく響くのは、大樋を伏せて二重に城の用水を引いた、敵に対する要害で、地下を城の内濠に灌ぐと聞く、戦国の余残だそうである。 紫玉は釵を洗った。……艶なる女優の心を得た池の面は、萌黄の薄絹・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・我々鈍漢が千言万言列べても要領を尽せない事を緑雨はただ一言で窮処に命中するような警句を吐いた。警句は天才の最も得意とする武器であって、オスカー・ワイルドもメーターランクも人気の半ばは警句の力である。蘇峰も漱石も芥川龍之介も頗る巧妙な警句の製・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・一八六四年にドイツ、オーストリアの二強国の圧迫するところとなり、その要求を拒みし結果、ついに開戦の不幸を見、デンマーク人は善く戦いましたが、しかし弱はもって強に勝つ能はず、デッペルの一戦に北軍敗れてふたたび起つ能わざるにいたりました。デンマ・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・愛と美と温かな感情とが、生活に必要なばかりであって、知識というものは本能的の生活には要がないからであります。 私達は、はじめて地から産れた時の喜びと愛と美とを永続し得れば、其れでいゝのです。しかるに私達は、其の喜びも愛も、幸福も永久に忘・・・ 小川未明 「草木の暗示から」
・・・ 文は短けれど読みおわりて繰り返す時わが手振るい涙たばしり落ちぬ、今貴嬢にこの文を写して送らん要あらず、ただ二郎は今朝夜明けぬ先に品川なる船に乗り込みて直ちに出帆せりといわば足りなん。この身にはもはや要なき品なれば君がもとに届けぬ、君い・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・「僕のは岡本君の説とは恐らく正反対だろうと思うんでね、要之、理想と実際は一致しない、到底一致しない……」「ヒヤヒヤ」と井山が調子を取った。「果して一致しないとならば、理想に従うよりも実際に服するのが僕の理想だというのです」「・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・予言者とは法を身に体現した自覚をもって、時代に向かって権威を帯びて呼びかけ、価値の変革を要求する者である。予言者には宇宙の真理とひとつになったという宗教的霊覚がなければならぬのは勿論であるが、さらに特に己れの生きている時代相への痛切な関心と・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
出典:青空文庫