・・・――それ姪が見合をする、従妹が嫁に行くと言って、私の曠着、櫛笄は、そのたびに無くなります。盆くれのつかいもの、お交際の義理ごとに、友禅も白地も、羽二重、縮緬、反ものは残らず払われます。実家へは黙っておりますけれど、箪笥も大抵空なんです。――・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ お父さんも、お母さんも、顔を見合してたまげています。太郎も不思議でたまりませんでした。 おじいさんは、たいへんに疲れていて、すこしぼけたようにさえ見られたのでした。「いったい、こんなかにがこの近辺の浜で捕れるだろうか?」 ・・・ 小川未明 「大きなかに」
・・・ みんなは、たがいに顔を見合いました。けれど、一人として、自分がいくという勇気のあるものはありませんでした。「くじを引いて決めることにしようか。」と、ある男はいいました。「俺は、怖ろしくていやだ。」「俺もいくのはいやだ。」・・・ 小川未明 「黒い人と赤いそり」
・・・ 金之助は深くも気に留めぬ様子で、「こっちだっていつのことだかまだ分らねえんだから……だが、わけのねえことだから、見合いだけちょっとやらかして見ようか?」「え、見合いを」お光はぎょッとしたように面を振り挙げたが、「さあ……ね、だけど・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ 久し振りのわが家へ帰ったとたんに、実は藪から棒の話だがと、ある仲人から見合いの話が持ち込まれた。彼の両親ははじめ躊躇した。婚約をしてもすぐまた戦地へ戻って行かねばならぬからである。しかし、先方はそれを承知だと、仲人に説き伏せられてみる・・・ 織田作之助 「十八歳の花嫁」
朝から粉雪が舞いはじめて、ひる過ぎからシトシトと牡丹雪だった。夕方礼吉は雪をふんで見合に出掛けた。雪の印象があまり強すぎたせいか、肝賢の相手の娘さんの印象がまるで漠然として掴めなかった。翌朝眼がさめると、もうその娘さんの顔・・・ 織田作之助 「妻の名」
みんなは私が鼻の上に汗をためて、息を弾ませて、小鳥みたいにちょんちょんとして、つまりいそいそとして、見合いに出掛けたといって嗤ったけれど、そんなことはない。いそいそなんぞ私はしやしなかった。といって、そんな時私たちの年頃の・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・この時いずこともなく遠雷のとどろくごとき音す、人々顔と顔見合わす隙もなく俄然として家振るい、童子部屋の方にて積み重ねし皿の類の床に落ちし響きすさまじく聞こえぬ。 地震ぞと叫ぶ声室の一隅より起こるや江川と呼ぶ少年真っ先に闥を排して駆けいで・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・』『あれだもの』女房は苦い顔をして娘と顔を見合した。娘はすこぶるまじめで黙っている。主人は便所の窓を明けたが、外面は雨でも月があるから薄光でそこらが朧に見える。窓の下はすぐ鉄道線路である。この時傘をさしたる一人の男、線路のそばに立ってい・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・老母と細君は顔見合して黙っている。真蔵は偖は愈々と思ったが今日見た事を打明けるだけは矢張見合わした。つまり真蔵にはそうまでするに忍びなかったのである。「で御座いますから炭泥棒は何人だか最早解ってます。どう致しましょう」とお徳は人々がこの・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
出典:青空文庫