・・・いるのはこれも見知り越しの、海軍将校の夫妻だけだった。無論この夫妻が唐突とそんな事をしゃべる道理もないから、声がした事は妙と云えば、確かに妙に違いなかった。が、ともかく、赤帽の見えないのが、千枝子には嬉しい気がしたのだろう。あいつはそのまま・・・ 芥川竜之介 「妙な話」
・・・ 数多い見知り越しの男たちの中で如何いう訳か三人だけがつぎつぎにクララの夢に現れた。その一人はやはりアッシジの貴族で、クララの家からは西北に当る、ヴィヤ・サン・パオロに住むモントルソリ家のパオロだった。夢の中にも、腰に置いた手の、指から・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ 板囲いの待合所に入ろうとして、男はまたその前に兼ねて見知り越しの女学生の立っているのをめざとくも見た。 肉づきのいい、頬の桃色の、輪郭の丸い、それはかわいい娘だ。はでな縞物に、海老茶の袴をはいて、右手に女持ちの細い蝙蝠傘、左の手に・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・ 召使のものたち、又見知り越しのものたちはその時こそ涙をこぼしもし思い出を語り合いもするけれ共、十日祭も早とうにすんで仕舞った今日、堪えられない思い出にふけって涙をこぼすものがどこに有ろうぞ。 刻々と立って行く時はどうにでも人の心を・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
出典:青空文庫