・・・酔うといつでも大肌ぬぎになって、すわったままひとり角力を取って見せたものだったが、どうした癖か、唇を締めておいて、ぷっぷっと唾を霧のように吹き出すのには閉口した」 そんなことをおおげさに言いだして父は高笑いをした。監督も懐旧の情を催すら・・・ 有島武郎 「親子」
・・・小柄だが、角力取りのようにでっぷり肥っているので、その汚なさが一層目立つ。濡雑巾が戎橋の上を歩いている感じだ。 しかし、うらぶれた感じはない。少し斜視がかった眼はぎょろりとして、すれちがう人をちらと見る視線は鋭い。朝っぱらから酒がはいっ・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・追いもせず大阪に残った私は、いつか静子が角力取りと拳闘家だけはまだ知らないと言っていたのを思い出して、何もかも阿呆らしくなってしまい、もはや未練もなかったが、しかしさすがに嫉妬は残った。女の生理の脆さが悲しかった。 嫉妬は閨房の行為に対・・・ 織田作之助 「世相」
・・・が、なか/\草は苅らずに、遊んだり角力を取ったりした。コロ/\と遊ぶんが好きで、見つけられては母におこられた。祖母が代りに草苅りをしてくれたりした。 十五六になった頃、鰯網は、五六カ月働いて、やっと三四十円しか取れなかったので、父はそれ・・・ 黒島伝治 「自伝」
・・・ 二 隣部落の寺の広場へ、田舎廻りの角力が来た。子供達は皆んな連れだって見に行った。藤二も行きたがった。しかし、丁度稲刈りの最中だった。のみならず、牛部屋では、鞍をかけられた牛が、粉ひき臼をまわして、くるくる、真中の・・・ 黒島伝治 「二銭銅貨」
・・・その伯父が、男は、嫁を取ると、もうそれからは力が増して来ない。角力とりでも、嫁を持つとそれから角力が落ちる。そんなことをよく云っていた。 十六の僕から見ると、二十三の兄は、すっかり、おとなとなってしまっていた。 兄は高等小学を出たゞ・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・すると私が、何だ貴様が周勃と陳平とを一緒にしたのなら己は正成と正行とを一緒にしたのだと云って互に意張り合って、さあ来いというので角力を取る、喧嘩をする。正行が鼻血を出したり、陳平が泣面をしたりするという騒ぎが毎々でした。細川はそういうことは・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・ないんだ、こんなトマトなどにうつつを抜かしていやがるから、ろくな小説もできない、など有り合せの悪口を二つ三つ浴びせてやったが、地平おのれのぶざまに、身も世もなきほど恥じらい、その日は、将棋をしても、指角力しても、すこぶるまごつき、全くなって・・・ 太宰治 「喝采」
・・・国技館の角力を見物して、まじめくさり、「何事も、芸の極致は同じであります。」などという感慨をもらす馬鹿な作家。 何事も、生活感情は同じであります、というならば、少しは穏当である。 ことさらに、映画と小説を所謂「極致」に於いて同視せず・・・ 太宰治 「弱者の糧」
・・・も未だ読んでいないような書を万巻読んでいるんだ、その点だけで君はすでに失格だ、それから腕力だって、例外なしにずば抜けて強かった、しかも決してそれを誇示しない、君は剣道二段だそうで、酒を飲むたびに僕に腕角力をいどむ癖があるけれども、あれは実に・・・ 太宰治 「鉄面皮」
出典:青空文庫