・・・君ももしYに会ったら能く訓誡してやってくれ給え。二度と再び島田に裏切るような不品行をしたなら、最う世の中へ出て来られない。一生の廃れ者になってしまう。」七 その頃私はマダ沼南と交際がなかった。沼南の味も率気もない実なし汁のよ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ また、これに反して、たとえば、お母さん達が、子供を訓戒するための方便として、空涙を出されても、或は、いかに上手に芝居をなされても、ついに子供の眼を、心をあざむくことはできなかったにちがいない。たとえ、一時はあざむくことがあったにしても・・・ 小川未明 「読んできかせる場合」
・・・ 言いかけて、お君を犯したことをふと想いだし、何か矛盾めくことを言うようだったから、簡単な訓戒に止めることにした。 軽部はお君と結婚したことを後悔した。しかし、お君が翌年の三月男の子を産むと、日を繰ってみて、ひやっとし、結婚してよか・・・ 織田作之助 「雨」
・・・と、私はFに最後の訓戒を垂れた。 すっかり暗くなったところで弟は行李を担いで、Fとの二人が茶店の娘に送られて出て行ったが、高い石段を下り建長寺の境内を通ってちょうど門前の往来へ出たかと思われた時分、私はガランとした室に一人残って悲みと寂・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・ けれども正作は根気よく世話をしていたが、ついに五郎を自分のそばに置き、種々に訓戒を加え、西国立志編を繰返して読まし、そして工手学校に入れてしまった。わずかの給料でみずから食らい、弟を養い、三年の間、辛苦に辛苦を重ねた結果は三十四年に至・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・ 母性の愛の発動する形は大体右の例のように、本能的感情と、養、教育の物質のための犠牲的労働と、精神的薫陶のためのきびしい訓誡と切なる願訴との三つになって現われるように思う。 動物的、本能的感情の稀薄な母性愛は骨ぬきの愛である。これが・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
ある科学者で、勇猛に仕事をする精力家としてまた学界を圧迫する権威者として有名な人がある若いモダーンなお弟子に「映画なんか見ると頭が柔らかくなるからいかん」と言って訓戒したそうである。この「頭が柔らかくなる」というのはもちろ・・・ 寺田寅彦 「映画と生理」
・・・重力の講義をする物理学の先生が、重力は時々人殺しをする不都合なものであると言って生徒を訓戒したらそれは滑稽を通り越してしまった狂気の沙汰であろう。しかし、おとぎ話に下手な評注を加えるのはほとんどこれに類した滑稽に堕しうる可能性がある。 ・・・ 寺田寅彦 「さるかに合戦と桃太郎」
・・・それが生徒に腹を立ててどなりつけるのではなくて、いったいどうして生徒がそういう不都合をあえてするかということに関する反省と自責を基調とする合理的な訓戒であったのだから、元来始めから悪いにきまっている生徒らは、針でさされた風船玉のように小さく・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
科学の方則は物質界における複雑な事象の中に認められる普遍的な連絡を簡単な言葉で総括したものである。事実の言い表わしであって権利も義務も訓戒も含まれていない。しかし今ここで方則の定義や法律と方則との区別などを喋々しようとは思・・・ 寺田寅彦 「方則について」
出典:青空文庫