・・・ところが、その講演を聴いていた一人の学生が、翌日スタンダールの訳者の生島遼一氏を訪問して「キャッキャッ」の話をした。生島氏はアラビヤ語の心得が多少あったが、「キャッキャッ」という語はいまだ知らない。恐らく古代アラビヤ語であろう、アラビヤ語は・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・また、そんな親切な作者の作品ばかり選んで飜訳したのは、訳者、鴎外の親切であります。鴎外自身の小説だって、みんな書き出しが巧いですものね。すらすら読みいいように書いて在ります。ずいぶん読者に親切で、愛情持っていた人だと思います。二つ、三つ、こ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・そのうちで日本人の訳者五名の名前を見るといずれも英語にはすこぶる熟達した人らしく思われるが、しかし自身で俳諧の道に深い体験をもっているのかどうか不明な人たちばかりのようである。残りの十人の外国人ももちろん自身に俳句らしい俳句を作ったことのな・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・その然る所以は、訳者が心を用いて特に避けたるにあらずして、原書中を求めて斯る醜談に見当たらざればなり。今仮に西洋の原書を離れて、これに易うるに日本流の落語滑稽を以てせんとして、その種類を集めたらばいかなるものを得べきや。談柄必ず肉体の区域に・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・の世界は、そういう意味では、ゴーゴリの世界と全くちがう。訳者は「黄金の仔牛」の世界のユーモアを「上からの笑い」だと表現している。「上からの笑い」の真意は、勝利者が上から敗北者にあびせかけた笑いであるというよりは、現実社会の腐敗や停滞、偽瞞を・・・ 宮本百合子 「音楽の民族性と諷刺」
コフマンの「科学の学校」が、神近市子の翻訳で実業之日本社から出版された。訳者からおくられた一冊を手提袋に入れてよそへ出かける電車の中だの、待っている間だのに読んでいるうち、この小さい本をめぐって私の感興はいろいろに動かされ・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・『科学者と詩人』とは訳者の調子がわざわいしてやや甘たるいところが過重せられていると信じるが面白うございます。序論を一二頁よんだだけであるけれども。この次この人の『科学と仮説』を入れましょう。こちらの訳をしたひとは平林氏ではないから文体も・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・パール・バックに会って、芸術家としての彼女の真摯な態度にうたれたこの若い日本の淑女は、作品の訳者として或る意味ではふさわしい人であったろう。抄訳であることは残念だと思う。生活に追われていない令嬢の一人として、せめて、根気よく完訳されたらよか・・・ 宮本百合子 「『この心の誇り』」
・・・ ジイドのこの文章の翻訳のどこにも訳者の署名が無いのも面白く感じられる。それを訳したことを誇らかに思うような一つの偉大な、善意と努力に満ちた文章であったとしたら、訳者たる者はどこの隅にか自分の人間的寄与の跡をとどめたいと希わなかっただろ・・・ 宮本百合子 「こわれた鏡」
・・・で、新潮社がモスクワにいる訳者に送ってよこしたものだ。モスクワにいる訳者は、今、高加索の靴を爪先にぶらつかせて、私の傍の暖房に腰かけている。 これは、小さい本だ。量において世界的記録を有する日本の夥しい翻訳本の一つだ。この本も、他の多く・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
出典:青空文庫