・・・ ――物は試しですからまあやって見るのですね。 ――早速そうしましょう。 × 腰元が大ぜいで砂をまいている。 ――さあすっかりまいてしまいました。 ――まだその隅がのこっているわ。 ――今度・・・ 芥川竜之介 「青年と死」
・・・竜神、竜女も、色には迷う験し候。外海小湖に泥土の鬼畜、怯弱の微輩。馬蛤の穴へ落ちたりとも、空を翔けるは、まだ自在。これとても、御恩の姫君。事おわして、お召とあれば、水はもとより、自在のわっぱ。電火、地火、劫火、敵火、爆火、手一つでも消します・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・「どうぞ、お試し下さい、ねえ、是非一回御試験が仰ぎたい。口中に熱あり、歯の浮く御仁、歯齦の弛んだお人、お立合の中に、もしや万一です。口の臭い、舌の粘々するお方がありましたら、ここに出しておきます、この芳口剤で一度漱をして下さい。」 ・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・しかして若きダルガスのこの言を実際に試してみましたところが実にそのとおりでありました。小樅はある程度まで大樅の成長を促すの能力を持っております。しかしその程度に達すればかえってこれを妨ぐるものである、との奇態なる植物学上の事実が、ダルガス父・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・一生一代の対局に二度も続けてこのような手を以て戦った坂田の自信のほどには呆れざるを得ないが、しかし、六十八歳の坂田が一生一代の対局にこの端の歩突きという棋界未曾有の新手を試してみたという青春には、一層驚かされるではないか。端の歩突きを考えて・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・その想像が当るかどうか試してみようと佐伯はいつも思うのだが、見知らぬ道をとぼとぼ行って空しく引きかえして来る心細さを想うと、身体の疲労も思いやられて、ついぞこれまで実行する気になれなかった。ひとつには弾みがつかないのだ。それ故いまふとそんな・・・ 織田作之助 「道」
・・・と思うほど淡いのが草の葉などに染まっていた。試しに杖をあげて見るとささくれまでがはっきりと写った。 この径を知ってから間もなくの頃、ある期待のために心を緊張させながら、私はこの静けさのなかをことにしばしば歩いた。私が目ざしてゆくのは杉林・・・ 梶井基次郎 「筧の話」
・・・これは林檎を食って、食った林檎の切が今度は火を吹いて口から出て来るというので、試しに例の男が食わされた。皮ごと食ったというので、これも笑われた。 峻はその箸にも棒にもかからないような笑い方を印度人がするたびに、何故あの男はなんとかしない・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・本の色彩をゴチャゴチャに積みあげて、一度この檸檬で試してみたら。「そうだ」 私にまた先ほどの軽やかな昂奮が帰って来た。私は手当たり次第に積みあげ、また慌しく潰し、また慌しく築きあげた。新しく引き抜いてつけ加えたり、取り去ったりした。奇怪・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・実に粗末なものではあるが、しかし釉の色が何となく美しく好もしいので試しに値を聞くと五拾銭だという。それでは一つ貰いましょうと云って、財布を取り出すために壷を一度棚に返そうとする時に、どうした拍子か誤ってその壷を取り落した。下には磁器の堅いも・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
出典:青空文庫