・・・あなた方がなぜかと詰問なさるならば人間の智識がそれだけ進んだからとただ一言答えるだけである。人間の智識がそれだけ進んだ。進んだに違ない。元は真しやかに見えたものが、今はどう考えても真とは見えない。嘘としか思われないからである。したがって実在・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・無心の小児が父を共にして母を異にするの理由を問い、隣家には父母二人に限りて吾が家に一父二、三母あるは如何などと、不審を起こして詰問に及ぶときは、さすが鉄面皮の乃父も答うるに辞なく、ただ黙して冷笑するか顧みて他を言うのほかなし。即ちその身の弱・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・まるで、その一度きりの日にさえ、妻の外出を止めるお前は良人なのかと云う詰問が含まれてでもいるようではないか。依岡の女中が一年にたった一度のクリスマスなんかと云うものか、この婆さん! 彼は、真白い、二つ積ねの枕の上に仰向いたまま云った。・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・ではあるが、この一語こそ、戦争犯罪的権力に向って、七千万人民が発する詰問としての性質をもっているのである。この「何故」は止めるに止めかねる歴史の勢をはらんで、権力が人民に強いた不幸の根源に迫るものである。何故、運輸省は今日の殺人的交通事情を・・・ 宮本百合子 「石を投ぐるもの」
・・・などという前の投書の言葉を、どうして素直にうけいれないのかと、河上氏は詰問している。だが、だれが考えたにしろ、私が話の内容まで明らかにして多数の反響と一致する一つの事実についても述べていることにはあえてふれず、自分の仕事の完成していないのが・・・ 宮本百合子 「河上氏に答える」
・・・と詰問した。自分は、「どれ、一寸見せて下さい」と注意ぶかくその部分を読みかえして見た。「……非常にはっきりしているのじゃないかしら。――ソヴェト同盟ではこうであると事実を云っているのだから……」「日本の労働者は、じゃアど・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・そう詰問された。「小林は日本に類の少い立派な作家だと思うから来ました」「何、作家だ?」背広を着た特高は、私をつかまえて引こんだ小林の家の前通りの空家の薄暗い裡で大きい声で云った。「小林は共産党員じゃないか、人を馬鹿にするな!」「そう・・・ 宮本百合子 「今日の生命」
・・・或人はイブセンの如く燃え立つ自己の正義感と理想とに写る人間の愚悪に忍びず詰問から、書く人がある。或者は、ゲーテの如く思索の横溢から或は又、外界と調和し得ぬ孤独な魂の 唯一の表現として人類は、多くの芸術・・・ 宮本百合子 「初夏(一九二二年)」
・・・ そして、或朝しらしらあけに、隣の男のところへ夜這いし、かえるところを巡査に見とがめられ詰問され、姙娠五ヵ月のことから、その子はだれの子かわからないことから、鎌倉で巡査と関係して居たことまですっかり話す。 巡査は、敏腕と云われる、二・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・どうして、血で血を洗う相続争いが頻出するかと詰問されるでしょう。 確に、それは世上の大半を覆うている事実です。けれども亦、私の書き連ねた一面も、動かすことの出来ない実相です。私共が箇性的差異として、各自の国民性を持ちながらも、世界人とし・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
出典:青空文庫